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第三十話 それぞれの選択


 第三皇子が帝都を脱出して、エルフの里に向かっている頃。

 第二皇子は、選択を迫られていた。自らが選んだ道なのだが、最後の決断が出来ない。

「殿下。準備が整いました」

 自らがユーラットに向かうと宣言してしまっている。
 第二皇子は、自らがユーラットに向かう船が整うのを待っていた。事になっていた。その間に、第一皇子側に潜り込ませたスパイから、情報を得ていたのだが、第二皇子が考えていた以上に、戦況が混沌としていない。

「戦況は?」

「・・・」

「第一皇子の・・・。兄は、無事なのか?」

「はい。第一皇子は、帝都にお戻りになっているようです」

「なに?本当か?」

「はい。戦況が芳しくないことから、増援を募る為に、帝都に残っている派閥に声をかけるようです」

「・・・。愚か。こちらは?」

「はい。後方を遮断されないように、神殿組織が居ると思われている村を包囲しております。順次、港に終結しております」

「”余”が乗り込む船が先陣なのだな?」

 既に、第二皇子は”皇帝”になれる物と思い込んでいる。
 第一皇子が、神殿の攻略に失敗している。足踏みな状況で、自分がユーラットの攻略を完遂できる。その上で、神殿に直接攻撃を行う事で、第一皇子の功績を上回る。
 第二皇子自らが神殿に攻撃を加えるのだ、攻略は成功していると考えている。実際に、勝算もある。忠誠心が厚い騎士がユーラットに潜り込んでいる状況だと知っている。その者たちが神殿への道を案内する。第二皇子が率いる軍が”神殿”に居る素人集団には負けない自負がある。

「殿下!我らを、参列に加えていただきたい」

 そこには、青と白で武装を揃えた者たちが並んでいる。
 第二皇子の親衛隊を名乗る者たちだ。

「当然だ。お前たちが、”余”と一緒に行かなければ、誰が”余”の覇道を広めるのだ?」

「ありがたき幸せ」

 船の準備が出来ている状況で、第二皇子は、船に乗り込もうとはせずに、時間だけが過ぎている。

 口では、”先陣を切る”と言っておきながら、自らが”先陣を切る”覚悟が出来ていない。ユーラットには戦力が居ないと、情報が伝えられているのだが、最初に上陸した者が狙われる可能性が高いことも解っている。

 第二皇子は、上陸作戦の最終段階に来ても、覚悟が決まっていない。

 確かな情報が届いて、安全に上陸が出来そうなタイミングを狙っている状況なのだ。
 近衛を自称する者たちが立候補してから、続々と勝ち馬に乗ろうとする者たちが手を上げる。

 第二皇子も、最初にユーラットに向かわなければならない。
 これは、確定事項だ。

 第一皇子の功績を上回るだけでは、皇帝の椅子に座ることはできない。第二皇子も、誰に言われなくても解っている。第一皇子は、大きな失点がなければ、自然と皇帝の椅子が転がり込んでくる。しかし、第二皇子は失点がなくて、功績を立てて、尚且つ、指導者としての力を、皇帝になるだけの意味を示さなければならない。ユーラットに部下を先に上陸させて、自分が攻略しましたと言っても、第一皇子の派閥に居る者たちは納得しない。第一皇子派閥の切り崩しを行うためにも、自らがユーラットに上陸を果たし、そのうえでユーラットを攻略する。神殿への足がかりを作ったという実績が欲しい。

 腰抜けが帝国の玉座に座ることは出来ない。
 アラニスを陥れて、当主を殺し、一族を追い出した。
 自らを推さない者たちを闇に屠ってきた。今が好機なのだ。

 しかし、実績の為に、自らの命を天秤にかける覚悟が出来ていない。

「殿下!」

「どうした?」

「はい。潜り込ませた者からの情報が届きました」

「暗号伝文か?」

 第二皇子も、情報が大切なのは理解している。
 潜り込ませた者には、伝文を送る場合には暗号で秘匿文章にするように指示を出している。今までの伝文は全て暗号で送られてきている。今回も、暗号なら潜り込ませたものからの情報だと判断ができる。

「はい。持たせていた端末からの情報です。コードも間違っておりません」

「わかった。内容は?」

「こちらに」

 復号した伝文が書かれた物を、第二皇子は受け取った。

 受け取って、内容を確認する。

「時は来た!」

 先ほどまでは、口先だけで動こうとしなかった第二皇子だが、伝文を読んで立ち上がった。

 伝文には、”神殿がユーラットを見捨てた”と書かれていた。暗号で書かれた伝文だ。第二皇子が送り込んだ者で間違いない。信頼ができる情報だと判断した第二皇子は、ユーラットには戦力になるような者が居ないと考えた。
 ”見捨てた”が、神殿が第一皇子との戦闘に戦力を集めているからだと判断した。

 自分が優秀なことは疑っていない。優秀な自分が選んで、潜り込ませた者たちが裏切るとは考えられない。優秀な自分が考えた作戦が、神殿側に見つかるわけがない。
 そんな思い(考え)の重なりが、第二皇子を動かした。

 それが神殿の用意したレールの上であり、誘導された考えだと知るのは、虜囚となった第二皇子が妹である元第三皇女のオリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットに這いつくばって命乞いをしても気が付かなかった。哀れに思った、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットが状況の説明を行う。第二皇子が最初から神殿側の情報操作に踊らされていたと知るのは、オリビアから語られる話を聞いた時だ。

 オリビアは、第二皇子が船に乗り込んだと聞いて、兄である第二位皇子に引導を渡す役割が自分の果たすべき使命だと覚悟を決めた。
 オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットが自分で選んだ選択であり、勝ち取った未来の一つである。

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 エルフの里では、心配そうに一人の女性を見ている一人の女性と一人の男性が居た。

「ディアス。まだ、誰も来ないと思うぞ?一度、里に戻ろう。部屋も用意してもらった」

「・・・。はい。あなた」

 ディアス・アラニスは、エルフの里に迫っている集団を待っていた。
 正確な情報は、まだ伝わっていないが、第三皇子である可能性が高いと言われている。

 エルフの巫女候補からの話なので、神樹からの神託である。ディアス・アラニスの立場では、神託を疑うことは出来ない。神殿の力を間近で見てきたディアス・アラニスは、夫であり頼れるカスパルを見て頷いた。

 第三皇子との交渉は、ディアス・アラニスに任せられている。
 里に居る巫女候補だけではなく、エルフの里の総意として伝えられた。神殿からの援軍が来なければ、エルフの里は蹂躙されていた可能性もある。

 実際に、数日前にエルフの里に交渉という名前の脅迫に来た、帝国の属国は、神殿の勢力に寄って撃退された。
 カスパルが運転していたアーティファクトが敵陣の横っ面に突っ込んだことが決定的となった。

 カスパルも、ディアスが居る里に被害を出したくなかった。
 ヤスからの命令も受けているが、エルフの里やディアスを守る事を優先した。明確な命令違反ではないが、あきらかな越権行為だが、エルフの里からの感謝という形で、神殿に伝えられた。

「アラニス様」

「ラフネス様。辞めてください。巫女候補に、”様”を付けられると・・・」

「しかし、”アラニス”様は・・・」

「最後のアラニスです。配慮の必要はありません。それよりも、ラフネス様。神樹様からの神託はありましたか?」

「いえ、何も、ありません」

「そう・・・。監視は、続けてくれる?第三皇子が来たら、相手が敵対行動をとらない限りは、こちらから攻撃はしないように・・・。できる?」

「大丈夫です。神殿様から、結界が張られる道具を受け取っております。里の者に、監視を行わせます」

「お願いします」

 ディアス・アラニスは、ラフネスに頭を下げた。
 慌てるのは、ラフネスだ。3人しか居ない場所でも、救援に来てくれた神殿の者に頭を下げさせるわけにはいかない。それでなくても、神殿には逆らわないがエルフの里では不文律になっている。
 現在も、神殿から救援に来てくれた者たちが、里の内外で作業を行ってくれている。今後の事を考えて、差との防御力を上げる作業だ。

 ディアス・アラニスは、カスパルのアーティファクトに乗り込む前に、後ろを振り向く。
 第三皇子が、剣を向けるのか、言葉を投げかけて来るのかわからない。解らないが、剣には報いを、言葉には対話を持って応じる。アラニスとしての選択は、第三皇子の出方次第だ。

 ディアス・アラニスは、自らの選択で未来を切り開いた。
 第三皇子は、自らの選択で、どんな未来を掴み取るのか・・・。

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