第八話 共和国(2)
ユリウスたちは、使者との約束を守っている。約束の期間は、戦闘行為を行っていない。城門近くでの炊き出しを行うだけに留めている。
使者の言葉を、そのまま情報として民衆に流した。民衆は、得る事ができなかった情報に喰い付いた。王国を非難する者も居たが、それ以上に共和国のやり方に憤慨する者が多かった。そして、自分たちの国の上層部なら”やりそう”だと考えている。
共和国は、建前として多数派による政治だと宣伝をしている。
ユリウスも、共和国の政治体制は、認めている。しっかりと運営が出来ていれば、政治が機能していれば有効だと考えている。
ユリウスの使っている天幕に入室を求める声が届いた。
報告書の束を持ってきた従者が、ユリウスの前で頭を下げた。
ユリウスの許可に合わせて頭を上げる。
「殿下?」
神妙な表情をユリウスに向ける従者だが、憧れの表情の中にも困惑が混じっている。
幼年学校の頃のユリウスなら、激怒した可能性がある表情だが、今ではこの表情の奥に隠れている気持ちを推しはかることができるようになっている。
ライムバッハ領で(押し付けられたような感じではあるが)代官の立場で領民と接する事で、自分の背景に畏怖している者が、自分に対しての意見を述べる時の表情だと理解している。
ユリウス自身は気にしていないが、周りから見て、”皇太孫”として相応しいと思えない行動の時に多く見られる表情だ。
「どうした?」
場数をこなしたことで得られた知見がある。
質問があるのだろうと考えて、言葉を選ぶ余裕が産まれている。
「殿下は、共和国の政治体制を”是”とするのですか?」
従者は、ユリウスの言葉を受けて、少しだけ躊躇してから自分が聞きたい事を告げる。
これは、ユリウスが従者に命じた”共和国の政治体制と民衆の様子”をまとめた資料を作らせた。自ら作った資料と、約束の停戦期間に発生した事柄をまとめた資料を渡した。従者は、共和国の政治体制を調べる必要などないと考えていた。
実際に調べれば調べるほどに、聞けば聞くほどに、意味がない建前だけの政治体制だと思えてしまっていた。
「ん?民衆による。政治か?」
「はい」
従者は、”民衆による政治”が建前だと考えている。そして、その建前を守る為に、無駄な”血”が流れているのだと考えた。
この紛争も、王国なら・・・。自分たちの領主ならどうするのだろうと考えた。
目の前に居るユリウスなら、一軍を率いて民衆を逃がすだろう。
しかし、一部の腐った門閥貴族に操られている貴族連中は、民衆を逃がすような事をしないだろう。それこそ、目の前で行われている状況と同じかより酷い状況になるだろう。
”民衆による政治”だというのなら、民衆を守る為の政治を行うはずであり、一部の高官や軍部が私腹を肥やして、奴隷商や豪商から金品を貰って優遇するような政治ではない。
共和国の・・・。デュ・コロワ国の上層部と自分が見てきた腐った貴族の違いが解らない。その為に、尊敬するユリウスが何を考えて、共和国の政治を調べて、何か得られないか考えている様子が信じられなかった。裏切られた気持ちになっていると言ってもいいくらいだ。
「そうだな。実際に、民衆の意見が、政治に反映されているのなら、素晴らしいだろう」
「え?」
肯定でも否定でもなく、皮肉が効いた言葉を返されるとは考えていなかった。
「なんだ。意外か?」
ユリウスは、従者の反応が少しだけ嬉しかった。
普段は、自分が驚かされる側で、人を驚かすような行動も言動も起こせていない。
「はい。殿下は、共和主義を否定されているから、共和国を許さないのだと思っていました」
「ははは。それは、違う・・・。そうか、違う考えを持つようになったのだ」
ユリウスは従者の言葉を聞いて、以前の自分なら”共和国”の上層部を見て、話を聞いて憤慨して、攻め滅ぼそうとした可能性が高い。自分でも解っている。アルノルト・フォン・ライムバッハとの出会いで変わった。
「・・・。はぁ」
「一人の、そうだな。一人の愚か者を見ていて、考えが変わった。変えられた?」
「そうなのですか?愚か者ですか?」
「あぁ民衆による政治を否定するつもりはない。ただ、今の共和国。特に、目の前で右往左往している連中が、本当に”民衆による政治”を行っているのか?情報は得ているのだろう?」
ユリウスの本心だ。
共和国の根幹は、”民衆による政治”だと自分たちで言っておきながら、実際に行われているのは、少数による多数からの搾取政治だ。支配と言い換えてもいい。
ユリウスは、多数決が正しいとは思っていない。多くの意見を集約して、一つの結論を導き出す。正しいやり方の様にも思える。しかし、意見を集約した者が、責任をとらない状況が正しいとは思えない。
目の前で右往左往している共和国の上層部の連中は、権力を求めるあまりに大事な事を見失ってしまっている。
自分たちの足下を支えている者たちの存在を忘れてしまっている。
そして、そんな上層部たちよりも酷いと思われるのが、知者と呼ばれる者たちだ。
自分たちは、
「はい」
「俺は・・・」
ユリウスは、そこで従者から渡された資料から目を離して、デュ・コロワ国の首都ではなく、自分たちが帰る場所を見る。
自分の隣に居て欲しいと思う人物は、いまだに彷徨っている。
”やるべきこと”を達成しない限りは、自分の所に来てくれないことは理解している。それでも、自分の側に居て欲しいと思う人物だ。
ユリウスは、大きく頭を振ってから、従者に出ていくように指示をする。従者は、頭を深く下げてから天幕から出て行った。従者が天幕から出て行ってから、
沈黙が天幕を支配した。
ユリウスは、この場に居ない者に話しかけるように、資料を読み込む。話し合えたら、どれだけ幸せなのか・・・。
捕えた奴隷商や豪商の話や、逃げ出したところを捕えた高官の話が書かれている。
三分の二ほどの資料を読み終えた所で、天幕の外から声を掛けられた。
「いいぞ」
「殿下」
「辞めてくれ、いつも通りでいい」
「そうか?」
「あぁアイツが置いていった、遮音カーテンを発動した。ギル」
「そうか・・・。それで、ユリウス。報告だ」
「どうだ?」
「味方にしないほうがいい者たちが多い」
「ん?多い?」
「あぁ中堅以下で燻っている様な連中の中に、光る奴が居る。こいつらに、デュ・コロワを任せればいいと思う。しかし・・・」
「なんだ?」
「資金がない!」
「それは大丈夫だ。上層部の奴らに戦争責任を押し付けて、賠償金を得る。その賠償金を、デュ・コロワの再建に使う」
「いいのか?」
「大丈夫だ。このくらいの戦費で、ライムバッハ領は・・・。少しだけ緊縮しないとダメだけど、アルも帰ってきたのだろう。なんとかなる。それに、ダンジョンを手中に治めている。試算を行っているが見るか?」
「あぁ」
ユリウスは、従者が持ってきた資料の中にあった試算した結果が書かれた物を、何枚か抜き出して、ギルベルトに渡した。
目を通しながら、ギルベルトは座った椅子の背もたれに身体を深く預けた。
「なぁユリウス。アイツは、何をした?」
「ダンジョンの攻略だ」
「それは解っている。解っているが・・・。この試算は、最大か?」
「いや、ウーレンフートの2割程度の産出で試算したらしい」
「おかしくないか?ウーレンフートだけで、5か国・・・。共和国が賄える計算になるぞ?」
「そうだな。ギル。簡単に言えば、上納がなくなる。特権を持って素材を買っていた豪商が潰れる。怪我をした者たちを奴隷として使いつぶしていた奴隷商がいなくなる。そんな者たちから賄賂を受け取っていた知者が居なくなる。その知者の言いなりになっていた高官たちが居なくなる」
「ん?寄生虫が居なくなるのか?」
「そうだ。寄生木の栄養分を吸いつくすように寄生していた者たちを排除した結果、健全な状況になってしまう。この状況になるのなら、ライムバッハ家の属国にしてしまうのも一つの方法だが・・・」
二人はお互いを見てから、この場に居ない。二人が居て欲しいと思う人物が居るべき場所を見ながら、大きく息を吐き出した。