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第16話 それ(ハラミ)を捨てるなんて、とんでもない

「おいおい、なんじゃこりゃあ。店長、ちょっとこいや」

 店内でガラの悪そうな連中が突然大騒ぎを始めた。
 店長らしき人物が連中の元へ向かう。

「この店ではゴキブリを客に食わせるのか!どう落とし前つけてくれるんじゃ!」
「謝って済む問題じゃねえぞ。誠意だよ、誠意を見せろ!」

 肉の皿にゴキブリがいればすぐ分かるはずなので、明らかにイチャモンを付けることが目的なのだろう。
 誠意を見せろと言って金を巻き上げようとしている。

 店長が対応に苦慮していると……連中は他の客にも迷惑を掛け始めたので、多くの客は食事の途中で逃げ出し始めた。
 そして連中はこちらにもやってきたのだ。

「おうおう、姉ちゃん。こんなクソダサ男と不味い肉を食うなんて寂しいじゃねえか。俺らと遊ぼうや!」

「うるせえ、そのブサイクなツラをこっちに向けんなよ。肉が不味くなるだろ」

「おい、サクラ。現地人間のトラブルに関与するのは禁止だぞ……」

 小声でサクラに伝えるが、サクラの怒りは収まらないようだ。
 マズイことにならなければいいのだが……。

「なんだと、コラ。もういっぺん言ってみろコラ!」

 連中のリーダー格の男がサクラに絡みだしてしまった。

「コラコラうるせえこのタコ!」

「なにがタコだ、コノヤロー」

「黙れコラ、やってやるぞコノヤロー!」

 ちょ……なんだこれ。サクラも何を言っているんだ……。
 コラ、タコ、コノヤローだけで口喧嘩してるじゃないか。
 語彙力のない口喧嘩がこれほどまでに滑稽だとは……。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃないな。

「言ったな!女だからって容赦しねえぞ!」

 リーダー格の男はサクラの前にあるハラミが載った皿を持ち上げ、逆さにした。
 ボトボトと音を立てて、サクラのハラミが床に散らばった。
 その瞬間、サクラの顔がみるみる真っ赤になる。

 ああ、やっちまったか……。
 これはもう止められないな。俺も覚悟を決めるしかないか。

「おい、てめえら、全員表に出ろ!生きて帰れると思うなよ!」

 サクラが怒鳴りつける。

「なんだと、コラ。吐いた唾は飲み込めねえぞ!いいだろう、表に出やがれ!」

 俺達は店を出ると、店の迷惑にならないよう、人目のつかない場所にある空き倉庫へ移動した。

「よし、全員まとめて相手にしてやる。まさか逃げたりしないよな?」

 サクラが戦闘態勢に入る。
 その姿を見て、そういえばハカセの測定器をまだ持っていたことを思い出した。
 カバンから取り出して、サクラに向けてみる。

 50万……100万……150万…………。
 数値がどんどん跳ね上がっていく……。
 え?まだ上がるのか?

 200万を超えた辺りで【計測不能】のエラーが表示された。
 そういえば、ハカセは測定上限が200万だとか言っていたような……それ以上の数値は意味が無いからだとか……。
 いや、意味あったよ。200万じゃ足りないんだよ……。

 下っ端が数人まとめてサクラに襲いかかる。
 当然、その攻撃は当たらず……回し蹴りが炸裂した。
 鈍い音がして、襲いかかっていた全員の頭部が粉々になって吹き飛んだ。

「な……なんなんだ……ば、化け物か!」

「おっと、お前ら全員逃さないぞ、こいつらと同じ目に合わせてやるからな!カトー、こいつら1人残らず逃がすなよ」

「うわああ~」

 残った連中は叫び声を上げてバラバラに逃げ出すが、俺は全員捕まえてサクラに向かって放り投げた。
 そこにサクラの蹴りが待ち受けていた。
 こうして、あっという間に死体の山ができあがった。

「地球人って本当に弱いな……」

「サクラ、すぐに撤退しよう。ルール違反だぞ、色々マズイ……」

「ルールなら大丈夫だぞ。私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきた時点で現地人同士のトラブルじゃなくなってるからな!」

「それは屁理屈だろ……」
 
「あとな……カトーはクソダサ男じゃないからな……」

 そういえば、そんな事を言われていた気がする。
 そこにも怒ってくれていたんだ……。

 ――

「バッカモ~ン!」

 会議室にボスの声が響く。
 ボスが怒鳴っているのは、俺とサクラが起こした事件についてだった。

 俺達7人の中ではいくつか禁止事項が存在している。
 その中に【現地人同士の争いに関与してはならない】というのがある。
 関与することによって【特効薬】の調査が困難になる可能性を恐れているためである。

「ボス、お言葉ですが、あいつらは私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきたんだよ。その時点で現地人同士の争いではなくなってるはず」

 その言い訳、昨日も聞いたな……。

「だからといって、現地人を皆殺しにしてしまうのはさすがにやり過ぎだろう。ハラミと人命では重みが全然違うんだよ。禁止としている理由は新たな火種を生まないためなんだよ。そこを忘れないように」

「そうやって細かい事ばかり気にしているから、どんどん髪が抜けていくんじゃないの!」

「不老不死だから、これ以上抜けないの!あと、人の外見をイジらない!」

「すみませ~ん、これからは気を付けま~す」

 ボスに叱られ、少し大人しくなるサクラ。
 でも、それほど反省をしていないような……。

「サクラとカトーは一週間の外出禁止とする。二人共反省するように!」

 ボスは普段優しいが、このような場面では非常に厳しい。
 仲間を守るためという使命が彼にそうさせているのだろう。

 自分の部屋で大人しくしていると、ハカセがやってきた。

「カトー、サクラとは仲直りできた?」

「ああ、バッチリだぜ。ハカセが色々骨を折ってくれたおかげだな。本心で話したからお互いに分かりあえた気がする」

「そう、それなら良かった」

「それはそうとさ……さっき、サクラの本気喧嘩モードを見たので計測してみたんだけど、200万を超えてエラーになったぞ」

「えええ~!」

「本当だから、これは返しておくよ。あとでログデータを見てみるといい」

「そっか~。なんかさ、もう計測しない方がいいかもね。知らない方が幸せな事って……この事だよね」

「だよな。今日はさすがに疲れたぜ……」

 俺はハカセに計測器をそっと手渡した。
 この計測器に振り回された1日であった。

しおり