第7話 走馬灯①
俺、イチローは遠い過去の夢を見ていた……。
夢というより、走馬灯のようなものかもしれない。
――
暗い病室に寝ていた。
不治の病に侵され入院をしていたのだが、どうやら随分長い間寝ていたようだ。
病で動かなくなっていたはずの体が、なぜか以前のように動くようになっていることに気付き、久しぶりにベッドを降りて部屋を歩いてみることにした。
部屋の明かりはついておらず、室内を見渡すことさえ難しい。
院内に人の気配はなく、静まり返っている……。
寝ている間に何か大変なことが起きたことは容易に予想できた。
病院の外も様子がおかしい。
乗り物の音は聞こえないし、時折どこかで爆発の音や獣の遠吠えも聞こえてくる。
手探りで明かりのスイッチを押してみたが、やはり反応はない……。
静まり返った部屋で色々考えていると、かすかにすすり泣く声が聞こえてきたことに気付いた。隣の部屋だろうか。
たしか自分と同じ病で少女が入院していたはず……と気付き、手探りで隣の部屋へと向かった。
「ぐすっぐすっ……お母さん、お父さん、お兄ちゃん……誰か助けて……」
そう言いながら、子供が泣いているのを見つけた。
この部屋も俺の部屋と同じく真っ暗なので顔までは分からないが、どうやら少女のようだ。
「君、大丈夫かい?俺は隣の部屋に入院してる者です」
少女を刺激しないよう、可能な限り優しい口調で話しかけてみる。
「隣のお兄ちゃん?何がどうなってるの?みんないなくなっちゃった!」
少女が泣き叫んだ。
パニックを起こさないよう適度な距離を保ちつつ、落ち着くのを待った。
「実は俺もさっき目覚めたばかりで、何がどうなっているのか……全く分からないんだ……」
「あのね……私は2日ほど前に目が覚めたんだけど……ずっとこの状態なの……大声で助けを呼んでも誰も来ないの!」
この少女は暗闇の中、2日間も孤独に耐えていたらしい……。
なんということだ……やはり何かが起きている!
「そうか……まずは明かりから何とかしよう。病院だから非常用電源があるはず。一緒に探そうか?」
「うん。一人じゃ怖いから一緒に連れて行って!」
「よし、じゃあ一緒に行こう。君は歩けるかい?」
「あれ……歩けるみたい。この間まで体が動かなかったのになんでだろう……」
暗い廊下を歩きながらお互いの事を話した。
少女の名前はベラ、12歳とのこと。
俺はアダムで22歳だと伝えると、ベラは歳の離れた優しい兄がいたことを話してくれた。
ベラも俺と同じ不治の病で入院しており、自分はもう助からないものだと思っていたらしい。
【レーサ】と名付けられたこの病は発病後3年以内に確実に死ぬ恐ろしい病気であり、治療方法は未だに見つかっていない。
俺たちはまもなく死を待つだけの末期状態となり、別棟に移されたばかりだった。
入院というよりは研究用の体を提供するといった方が近かったのかもしれない。
暗闇の中歩いていると、どこからともなく死臭が漂ってくる。
恐らく、この病院内は死体があちこちに転がっているのだろう。
幼いベラの事を思うと、暗闇で良かったとも思えてくる。これなら死体を見ずに済むからだ。
1時間ほど歩いてると、電源が回復したのか突如明るくなった。
「きゃあ!」
そう叫び、ベラが抱きついてきた。
突然明るくなったため、死体を見てしまったらしい。
死体はあちこちに転がっており、既に腐乱が始まっていた……。
この世の地獄とはこのことだろう。
しかし、少なくとも2日以上切れていた電気が点いたということは……他に生存者がいるということなのかもしれない。
絶望の中に一縷の望みを見つけたような気がした。
「怖い……何がどうなってるの……」
震えるベラを抱きしめながら、死体が目に入らないよう……ゆっくりと歩き出した。
電源が生きているうちにやらなければならない事が山程あるはずだ……躊躇している時間は無い。
死を待つだけだった俺とベラは何故か生きており、元気だったはずのこの人達は無惨な死を迎えている。
本当に何が起きているのだろう……と必死で考えていると、館内放送が流れた。
「生存者はいるか?いたら、本館4階の会議室まで来てくれ!」
生存者は他にいる!
ベラを抱きしめたまま、階段を駆け出す。
久しぶりに動いたので転倒を繰り返したが、それでも必死に走り続けた。
本館4階の会議室に入ると、そこには5人の男女がいた。
「おいおい、本当に生存者がいたぞ。放送とかしてみるもんだな」
長髪を後で束ねた若い男がそう言って驚いた。
「生存者がいて良かった……すぐに食事を用意するから、こちらに座って」
髪の薄い中年男性がやってきて、席を用意してくれた。
すぐに若い女性が食事を持ってきた。
「保存食だから口に合わないかもだけど、しっかり食べてね」
そう言われてお腹が空いていることに気付く。
食事と言っても保存食なのだが、久しぶりの食事は美味しい。
別棟に移されてから点滴で栄養を摂っていたが、普通の食事も問題なくできるようになっていた。