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第三十二話 「双子山の大悪党」

 酒呑童子(しゅてんどうじ)一派(いっぱ)縄張(なわば)りとしている、この「双子山(ふたごやま)」と呼ばれる形も大きさも(うり)二つの山の間に、小さな村がある。数年前に酒呑童子達がこの山を縄張りにすると、この小さな村はまんまと標的にされ、僅かな酒に食料、金品をも脅し奪い取っていた。村民達は苦しい生活を強いられながらも、互いに手を取り合って乗り切っていたが、次第に酒呑童子達の要求は激しくなっていく。食糧だけに飽き足らず、遂には村の娘を差し出すよう要求してくる。恐ろしい要求に困り果てた村民達は、村長の家に集まって皆で火を囲んでいる。ゆらゆらと揺らめく炎を、皆がただじっと見つめている。
 「私が行くわ」
 静寂(せいじゃく)を打ち破ったのは、(すみ)にいた若い娘の覚悟の声。声の主は村長の孫娘で、いつもニコニコと笑顔でハツラツとしており、村民達からも慕われている。
 「・・・!?」
 突然の申し出に、村民達の空いた口が塞がらない。
 「他に誰もいないなら決まりね」
 娘が言うと、ようやく村長の声が出る。
 「ば、馬鹿なこと言うんじゃない。最初から誰も行かせる気なぞ無いんだ」
 「じゃあ他にどうするつもり? この村は子どもも年寄りも少なくないのに、皆で山を越えて逃げられるって言うの?」
 娘の言葉にぐうの音も出ず、ただ(うつむ)く村民達。
 「大丈夫。殺されやしないわ。必ず生きて帰って来るから」
 

 明朝、娘がテキパキと身支度(みじたく)を整える。村長は、(そば)で双子山へ登る支度をする孫娘を、ただ呆然(ぼうぜん)と見つめている。
 「お(ちょう)や、これを持って行きなさい」
 後ろからの声に娘が振り返ると、村長の妻、娘の祖母が、笹の葉で包んだ小さなものを差し出している。
 「ばあちゃん。・・・これは?」
 娘がそれを受け取り開くと、中には大きなおむすびが二つ並んでいる。娘が思わず顔を上げると、祖母が目を潤ませながらニコリと笑う。
 「みんなを助けてくれて、ありがとう。おまえは私達の誇りだよ」
 祖母はそう言うと、孫娘をそっと抱きしめる。すると、娘の目からも大粒の涙が(あふ)れ出す。村の人たちを救おうと気丈に振舞っていたが、まだ若い娘。恐くない筈が無く、我慢していた感情は涙となって静かに溢れ出す。

 支度を済ませた娘は、村民達が見守る中、まるで買い出しに出かけるかのように明るく手を振り、村を出る。そして山を登り、酒呑童子の洞窟(どうくつ)へ辿り着く。すると、入り口では手下達が待ち構えている。
 「おいおいべっぴんな娘じゃねぇか! ギャハハ!」
 「おい娘。酒呑童子様がお待ちだ。中へ入れ」
 娘は震える手を抑え、手下の一人の後を黙って付いていく。中は暗く、手下の持つ松明(たいまつ)の明かりだけが、ゆらゆらと頼りなく揺れている。刹那(せつな)、後ろ首に大きな衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。目が覚めると真っ暗な空間の中、体と口は縄で縛られており、身動きが取れなくなっている。必死に縄を解こうとするも、娘の首ほど太い縄はビクともしない。すると、暗い中うっすらと明かりが一筋(こぼ)れているのに気がつき、体を(よじ)らせ明かりが漏れている小さな穴を(のぞ)く。そこには、大子分(おおこぶん)三人が呑気(のんき)に酒盛りをしているのが見える。すると突然、大子分の黄鬼(きおに)がこちらへ吹っ飛んで来る。慌てて身を隠し、それからも鳴り響く男達の喧騒(けんそう)と轟音に怯えていると、ガラリと壁が崩れ、目の前には気を失い倒れている大子分達と、その奥に派手な髪、着物を着た男が一人。得体の知れない男を前に、不思議な安堵感(あんどかん)に襲われ、再び目の前が真っ暗になる。


「・・・という事なんです。」
 山を少し(くだ)った、開けた空き地にて、娘が自身に起きた顛末(てんまつ)を語り終える。目の前にはしゃらくら三人が眉を(ひそ)め話を聞いている。
 「なんて野郎共だァ! アンタをこんな目に合わせやがって、おれは許さねェぜ!!」
 しゃらくが顔を真っ赤にし、鼻息を荒くしている。
 「危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございます。まさかあの大子分さん達を倒しちゃうなんて」
 娘の膝ではブンブクが丸くなり、撫でてもらい気持ちよさそうな顔をしている。
 「いいさいいさァ〜。ところで君はなんてお名前?」
 「私は(ちょう)といいます。あなた方は?」
 「お(ちょう)ちゃんかァ〜。いい名前だ。おれはしゃらくってんだ! 近い内に天下を取る男だぜ!」
 しゃらくが腕を(まく)り、目配せをする。お(ちょう)は苦笑いする。
 「俺はウンケイ、そいつがブンブクだ」
 ブンブクが嬉しそうにお蝶に頭を(こす)り付ける。
 「たった今助けて頂いてなんですが、あなた方の強さを見込んでお頼み申します」
 そう言うとお(ちょう)が、ブンブクを抱き上げ(そば)に置き、両手を着いて頭を下げ出す。しゃらく達が驚く。
 「酒呑童子(しゅてんどうじ)を倒して下さいませんか!? 私たちは突如やって来た酒呑童子に苦しめられて来ました。ですが私たちでは到底は立ち向かうことが出来ません。だから・・・」
 すると、お(ちょう)の前にしゃらくがしゃがみ、お(ちょう)の肩に手を置く。
 「お(ちょう)ちゃんよく分かった。酒呑童子はおれ達が必ずぶっ倒す。 だから顔上げてくれ」
 お(ちょう)は驚くも、しゃらくの言葉に涙が込み上げる。
 「俺達だって、子分共どころか奴の寝ぐらまで、こてんぱんにしちまったからな。どの道、奴も血眼(ちまなこ)になって俺達を探す筈だぜ」
 ウンケイがニコリと笑う。お(ちょう)は二人の表情を見て、安堵(あんど)からか涙を浮かべる。
 

 ズシーン! ズシーン! 地響きが鳴ると、森の鳥達が一斉に飛び立つ。背高く()(しげ)る木々の間を頭が一つ、のそりのそりと横切って行く。まるで山のような大男は、巨大な酒樽(さかだる)を片手に山を登る。
 「うぃ〜。ねずみ共め。俺様の山に勝手に入って来やがって。だが面倒くせぇ。一寝してからだ」
 大男は、自らの寝ぐらである洞窟へ向かい山を登る。
 「ん〜?」
 洞窟が見える所まで来ると、洞窟は崩れており入る事はおろか、ただの岩の山となっている。
 「何だぁ〜? 呑み過ぎたか? 俺の城が崩れて見えるぜ」
 大男は呑気に洞窟へ近づいていく。そして目の前へ来て目を()らして見ても、洞窟は完全に崩落(ほうらく)している。大男は目を丸くしていると、自分の手下達が慌てて駆け寄って来る。
 「童子様! あのねずみ共の仕業(しわざ)です! あいつら大子分の三人とこの洞窟を!! そして生贄(いけにえ)の娘まで(さら)って行きました!!」
 「何ぃ!? あいつらまで!?」
 大男は、酔った赤ら顔を更に真っ赤にし、巨大な酒樽を地面に叩きつける。巨大な酒樽は()端微塵(ぱみじん)に砕け散る。手下達は、普段見ない怒れる酒呑童子の姿に震え上がっている。
 「ふざけやがって!! ねずみ共殺してやる!!! 奴らはどこへ行った!!?」
 手下が震える手で指差す方へ、酒呑童子は巨大な体を走らせる。ドシン!! ドシン!! ドシン!! 凄まじい足音を鳴らし、しゃらく達の方へ向かう。
 その凄まじい足音は、当然しゃらく達の元にも聞こえる。
 「な、なんだァ〜!?」
 「こ、これは・・・。酒呑童子!! あいつがこちらへ向かって来てる!!」
 お(ちょう)はブルブルと震えてしゃがむ。ブンブクも頼りなく震えながら、お(ちょう)の背中に隠れる。
 「遂に御対面(ごたいめん)か。こりゃあ相当怒ってるな。わはは」
 ウンケイは薙刀(なぎなた)を抜き、ニヤニヤと笑いながら足音の方を向く。
 「でけェな酒呑童子ィ! わっはっは!」
 しゃらくの方も足音のする方を向く。お(ちょう)はブンブクを抱き、慌てて木陰へ隠れる。
 「ねずみ共ぉぉぉ!!! どこへ逃げやがったぁぁぁ!!!」
 地を()うような低く大きな声が山中に(とどろ)く。するとしゃらくが(おもむろ)に大きく息を吸う。隣のウンケイは両手で耳を塞ぐ。
 「ここだァァァァ!!!」
 しゃらくも大声で応える。その声量、酒呑童子に負けず劣らず、山中に轟く。すると、しゃらく達の目の前の木々がガサガサと大きく揺れ出す。そして見上げるほどの大男が顔を出す。
 「見つけたぞねずみ共〜。ここが誰の山か分かってんのか〜?」
 「あァ分かってるぜ。酒呑童子のニセもん!」
 完

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