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少しだけ早めの朝食を摂りながら5人は軽めの話題を選んで話をしていた。
途中からブルーノが加わり、デザートが運ばれてくる。
普段は朝食後のデザートは無いのだが、シュラインが厨房に頼んだらしい。
「朝食もうまかったですが、やはり王城のスイーツは最高ですね」
エドワードがプチケーキを皿に盛りながら言う。
他の全員がエドワードとスイーツのミスマッチ感に固まっていた。
ブルーノが雰囲気を変えようと口を開く。
「執務室に移動しますか? それとも談話室?」
「執務室にしよう」
そう言って立ち上がると、全員が静かに席を立った。
食堂を出る時、エドワードが残っているスイーツを全て持ってく領にメイドに言った。
「本当に好きなのね……甘いものが」
シェリーは独り言のように呟いた。
執務室に落ち着いた一行は、早々に本題に入る。
全権を委任されるという話にシェリーは戸惑ったが、なるほど今現在においては自分しかいないことも納得だった。
「わかりました。義兄様、何をすればよいかはご指示下さるのですよね?」
「勿論だよ。とりあえず一番急ぐのはヌベール辺境伯の爵位譲渡だね。これが済まないと、事件の発端をバローナ国に押し付けたときにエドワードまで連座させられてしまう」
「それは避けなければ……それにしてもバローナ国に少し悪いような気もしますが」
シェリーの言葉にエドワードが口を挟んだ。
「問題ないですよ。バローナの王家は崩壊しているも同然です。宰相もポンコツですし、大臣たちもほぼ全員がオピュウムの中毒者だ。そんな奴らにまともな政治ができるわけがないですからね」
「オピュウムの……なぜそんなことに?」
「我が義弟の仕業です。あいつはあの国を乗っ取るつもりだったのです。まあ本当にそれができると考える時点で、すでに終わってますけどね」
ブルーノが暫し考えてから、眉間に皺を寄せたまま言う。
「オピュウムの管理は相当厳しいものです。なんせグラム単位で完璧に管理していましたからね。必要以外は流出していないんだ。なのになぜそんなことになっているのだろう」
シュラインも頷いた。
「そうだよね。それほどの人数が中毒症状を起こすほどの量が流出していたら、絶対にブラッド侯爵家が黙ってはいないはずだ……どんなカラクリだ?」
暫しの沈黙の後、エドワードが徐に言った。
「もしかしたら……王家の温室で栽培していたのかもしれない。あそこは死んだ皇太子以外は例え王族と言えど入れなかったんだが。でもそうなるとなぜ栽培できたんだ?」
ブルーノが静かに言った。
「もしかしたらですが……オピュウム畑から苗を盗んだのかもしれない。まだ花が咲く前の苗は、植えた数は管理していますが、植物ですので当然枯れてしまうものもあります。花が咲き、種子が収穫できるまで育つのは多くても8割ですからね。枯れたと言われたら信じるしかない」
シェリーが聞く。
「管理していた者たちの中に流出させた人間がいるということ?」
「代々オピュウムの栽培を任せてきた者たちですから、疑いたくはないですが……他に考えようがないでしょう?」
シュラインが口を開いた。
「もしそうなら他国にも流出する可能性があるな。この件についてはブルーノに任せるよ。早急に調査して欲しい」
ブルーノが頷いた。
エドワードが言う。
「精製方法も一緒に流出しないとおかしいな。だって知らないとただのきれいな花ってだけでしょう? 私は実物を見たことが無いからたとえ群生していても、それがオピュウムとは分からないが」
ふとシェリーは思った。
「そうよね。オピュウムの花ってきれいだし、同属の種類も多いのよね。麻酔効果のあるものはオピュウムだけだけど、知らなければ普通に生えていても気付かないわ」
レモンが小さく手を上げながら聞く。
「オピュウムの花ってどんな花なのですか?」
ブルーノがシュラインに許可を得て本棚から植物図鑑を持ってきた。
「コレですよ。実物はとても大きな花です。同属種の中では一番大きな花を咲かせます」
エドワードとレモンとオースティンが顔を寄せるように覗き込んだ。
「まあ! きれいな花ですね。でもこれって普通に山間部にもありませんか?」
レモンが不思議そうに言う。
「同属種のものはよく見かけると思いますよ。でもそれはオピュウムじゃない」
ブルーノが苦笑いをする。
「でもこれなら王宮の裏庭に群生していたぞ? 切り花にして飾られていたこともある」
ブルーノが弾かれた様に顔を上げた。
「本当にこれでしたか? 花だけで見分けるのは難しいです。一番の特徴は葉のつき方ですからね」
「葉のつき方までは覚えてないな……。でも混植していたら絶対に分からないと思う」
「混植か……盲点だったな」
ブルーノが指先を顎に当てて考え込んでしまった。
シュラインが血嫁咳払いをする。
「ブルーノ、君は一度バローナに行くべきかもしれないが、今じゃない。全てか片付いて属国とした時点で考えよう。まずは君の所の栽培家たちだ」
「わかりました」
「そしてシェリー」
シェリーの肩がビクッと跳ねる。
「はい!」
「君には当分苦労を掛けるが、よろしく頼むよ。そして……アルバートのことだが、足を失っても麻痺が残っても、あいつの持つ為政者としての才能は必要だ。今は国が荒れているだろう? 無理をさせてしまうが……」
「静かな離宮で暮らさせてあげられないのですか? 義兄様が即位をされるのが一番ではないですか?」
「いや、僕は宰相として実務を担う方が上手くいくと思う。国王は万能ではないんだ。むしろ動きを制限されることが多い。その点、宰相なら実務レベルで動けるからね。僕とアルバートは表裏一体だ」
あれほど傷ついても静かに休むことを許されない王族という檻の恐ろしさを、シェリーは改めて思った。
「アルバート……」
エドワードが口を挟んだ。
「妃殿下はイーサンのことはどう思っているんだい?」
全員がピリッと固まった。