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ペルソナ

 この世界は誰もが仮面を被っている。自分の素顔は友達も、家族も自分すらも知らない。
 自分が何者なのか、その答えはこの世界にあるのだろうか。
 

 ――――――――

 「常識を疑え」

 どこからともなくそんな声が聞こえる。毎日同じ夢を見る。誰かも知らない人間かどうかも分からないやつに同じことを言われる。そして、気づけば自分の身長ほどある鏡の前に立っている。仮面を被った自分の姿を見ているとある好奇心が湧いてくる。
 親からは自分の素顔は絶対に見てはいけないと言われている。イケナイと言われるとやりたくなってしまう。
 鏡の前に立っているのは仮面を被った自分。仮面の奥にある素顔はどんな顔なのだろう。
 好奇心から仮面に手を伸ばし外そうとする。だが、手が仮面に近づいていくほど恐怖が心に根を張っていく。
 恐怖に負け、咄嗟に手を仮面から外す。好奇心は収まらない。
 もう一度手を仮面に伸ばす。先ほど同様、恐怖が心に全身に根を張っていく。
 恐怖を打ち破るように仮面に触る。そして、勢いよく仮面を外す。

 
 「起きろ!!」

 「うわぁ!」
 
 仮面を外し本当の素顔が見られると思ったところで目が覚めた。ベッドから体を起こすと姉が仁王立ちでこちらを見ていた。
 姉も仮面をつけている。素顔は一度も見たことがない。
 

 「朝ご飯出来てるから」

 「うん」
 
 姉はそう言うと階段を降りて行った。俺も制服に着替えて支度を済ませる。姉が下へ降りてから約5分後、俺も下へ降りた。
 下に降りて食卓につく。姉と母はすでに食事を始めていた。

 
 「おはよう。遅かったわね」

 「うん」
 
 母が食事をする手を一瞬止めて俺のほうを向いて挨拶をしてきた。俺は軽く会釈するだけで終わらせ、二人と同じように食事を始める。
 テレビに映っている人たちもみんな仮面を被っている。見慣れた光景だ。でも、ふと考えるときがある。
 誰が自分の素顔を見たことがあるのだろうと。親や姉に聞いても「見たことがない」と言う。自分も家族ですら素顔を知らない。この世界で自分自身の素顔を知っているという人はどれだけいるのだろうかと。


 「ごちそうさまでした」

 ごはんを先に食べていた二人よりも早く食べ終わり、食器を片付ける。部屋から鞄を取ってくる。鞄の中身が問題ないことを確認し、玄関に向かう。


 「いってきます」

 「いってらっしゃい」

 母が玄関まで見送りに来て、手を振っている。俺も手を軽く上げて返す。家を出て学校へと歩みを進める。起きる時間はいつもより少し遅かったが、これくらいなら電車に間に合う。
 
 駅に向かう途中、交差点で信号が青に変わるのを待っていた。信号を待っている人は俺のほかにも多くいた。その人たち全員が仮面を被っており、手に持っているスマホに視線が釘付けになっていた。
 無言で手を動かし、ネットの中で何かを言っている。いつもの光景なはずなのにどこか違和感を感じる。そんなことを考えていると信号が青になった。俺が一歩踏み出すと他の人もつられるように前へと歩き出す。
 
 駅に着き改札を通り、電車を待つ。予定時刻通りに電車が来て待っている人たちが一斉に乗り込む。電車の中は満員だった。
 全員が仮面を被り、スマホに目を落としている。この光景が異様だと思うようになったのは最近だ。
 満員電車に揺られながら車内の異様な光景をずっと眺めていた。

 目的の駅に着き、満員電車を降りる。ホームには学校の制服を着た人が大勢いた。駅を出て学校まで徒歩で向かう。
 学校に着き、自分の下駄箱へ向かう。生徒玄関には多くの生徒がいて、仮面を被りお互いの表情が見えない中楽しそうに談笑し、時折笑い声も聞こえてくる。だがどこか、ぎこちなさも感じる会話をしている。

 教室に入り、自分の席に着く。長いようで短い一日が始まった。黒板に書かれたことを板書する。作業に近い勉強を6時限やるだけの一日だ。


 ――――――

 授業が終わり帰りのHRが始まる。教壇に立っている先生も仮面を被っているのでどんな感情でHRをしているのか分からない。HRが終了し、クラスメートが一斉に教室を飛び出す。部活に行く者、居残って自習する者、帰宅する者。俺は後者の人間だ。
 
 学校を出て駅に向かう。青かった空がオレンジ掛かり、太陽も沈み掛かっている。
 仮面を被った人たちが町中を歩く。仮面の表情は皆違い、個性を出しているように感じる。
 最近、自分自身の素顔に興味がある。どんな顔をしているのか、好奇心が出てきている。前まではそんなことが無かったのだが、「常識を疑え」という言葉が夢で聞こえるようになってから素顔を知りたいと思うようになってきた。

 毎回同じ夢を見て素顔を見る一歩手前までは行くのだが、肝心なところが見られずに終わる。今日も一歩手前までは行ったが、姉に起こされ最後を見ることは出来なかった。
 夢ではダメなのだろうか。自分の目で確かめろ、ということなのだろうか。中途半端に終わる夢に対してもどかしさを抱いていた。いつかはと思っても、いざ踏み込もうとすると恐怖が根を張るように心を全身を支配する。恐怖が芽生える原因は親から|絶《・》|対《・》に見てはイケナイと言われているからだと思う。禁忌をやろうとしているのだから恐怖が芽生えてくるのも当然だろう。
 こんなことを考えれば考えるほど気になってしまう。まるで蟻地獄のようだ。
 
 
 考え事をしている内に駅に着いていた。ホームで電車が来るのを待つ。
 予定時刻通りに電車が到着し、扉が開き車内へ入る。車内は朝より人は少ない。空席に座り、車内を見渡す。
 席に座っている人全員が仮面を被り、スマホの画面に釘付けになっている。中には年配の人もおり、老若男女問わず仮面をつけスマホに没頭している。
 誰もが下を向いている車内で俺は一人だけ窓の外の風景を眺めながら、電車に揺られた。

 最寄り駅に着き電車を降りる。改札を通り、家に向かう。太陽はすっかり沈んで、空も暗くなっていた。
 俺は歩くスピードを速めて家に向かう。15分かかるところを8分で帰ってきた。


 「おかえりなさい」

 「ただいま」

 家に帰ると母が椅子に座ってスマホを見ていた。姉はいない。まだ学校にいるのだろう。
 俺は自分の部屋に入り、ベッドの上で横になる。
 目を閉じて今日を振り返る。特に何もない日だった。見慣れたはずの光景に違和感を感じたくらいだ。
 中身が空っぽな一日を終えて、俺は眠りにつく。


 ――――――――


 「常識を疑え」

 どこからともなく低い声が聞こえる。辺りを見てみても誰もいない。またこの夢か、と内心思った。
 俺の正面には等身大の鏡。仮面を被った制服姿の自分が映っている。
 どんな顔をしているのだろう。好奇心のままに仮面に手を伸ばす。
 だが、恐怖が根を張るように心を全身を支配する。身の毛がよだつ恐怖心に負け、手を伸ばすのをやめる。
 手を離すと恐怖は消えた。でも、モヤモヤが残る。
 覚悟を決め仮面に手を伸ばす。再び、恐怖が根を張るように心を全身を支配する。
 恐怖を打ち破るように仮面を掴み、勢いよく剥がす。


 「はっ!……はぁはぁ」

 今度こそ見られると思ったところで目が覚めた。全身から汗が噴き出している。制服のまま寝てしまったため制服がビチョビチョになっている。今すぐ洗えば間に合うだろうか。
 ベッドから体を起こし部屋の扉を開ける。デジタル時計を見ると時刻は2時34分。変な時間に起きてしまった。
 部屋を出て一階にある洗面所に向かう。親の部屋と姉の部屋の扉は閉まっており、ぐっすり寝ているようだ。
 洗面所の電気を着け、鏡の前に立つ。鏡に映るのは仮面を被った自分。仮面の奥にはどんな顔があるのだろう。
 好奇心が抑えられなくなり、仮面に手を伸ばす。夢と同じように恐怖が根を張るように心を全身を支配する。
 現実のほうが恐怖が生々しく感じる。得体のしれない恐怖に負け、仮面から手を遠ざける。
 手を遠ざけると今度は好奇心が根を張るように心を全身を支配する。
 覚悟を決め、仮面に手を伸ばす。恐怖が芽生えてくるが、打ち破るように仮面を掴み勢いよく剥がす。
 

 仮面が取れて出てきたのは知らない男の顔だった。誰だこいつは?
 鏡の男と目が合った。

 
 「誰だお前は?」
 

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