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大学ってのは麻雀を覚えて、焼酎を飲むところだよ?


 ミハイルと別れて、事務所の奥へと進む。
 先ほど彼が教えてくれた通り、宗像先生はいつものように一人がけのソファーで、コーヒーを飲んでいた。
 着ている格好も、以前と変わらずタイトなワンピース。胸元がざっくり開いていて、2つのメロンが丸見え。キモッ。

「あの、宗像先生。今、良いですか?」
 実に数ヶ月ぶりの再会に、ちょっと緊張してしまう。
「ん? おお、新宮か……久しぶりだな。いっちょ前にスーツなんか、着やがって」
 と言いつつも、先生は嬉しそうだった。
 すぐに反対側のソファーへ、座るよう促す。

 俺がソファーに腰を下ろすと、何も言ってないのに、近くにあった棚からインスタントコーヒーを取り出し、マグカップに入れる。
 ポッドからお湯を注ぐと、「ほれ」と言って差し出す。
 正直、飲みたくないが、黙って受け取ることに。

 宗像先生が座り直したところで、話を始める。
「それで、今やスーツが似合ってきた新宮さんが、何の用だ? スクリーングも欠席が目立つな……まあ、古賀のこともあるから。どうにか目をつぶっているが……」
 いきなり、痛いところを突かれた。
 先生の言う通り、今の俺はBL編集部が忙しくて、学校にほとんど来られていない。

「それに関しては、感謝しかないです……。今日は進路のことで、相談がありまして」
「ほう。進路相談ねぇ……遅くないか? もう3年生になって、半年以上経つのに」
「ちょっと仕事が忙しくて、忘れてました。ははは」
「笑いごとじゃないだろ? まあ、我が校なら良くあることだ。で、新宮はどうしたいんだ? このまま就職かと思っていたが」
 俺も就職したいよ、本当は。

「その……今働いている博多社の正社員になる条件が、大学を卒業していることなんです。だから、大学へ進学しようと思っているのですが。出来れば、学費の安い国立が良いと思うんですけど……」
 と言いかけたところで、宗像先生が態度を一変させる。
 顔を真っ赤にさせて、股をおっぴろげる。これは先生が怒っている時、よく起こる現象だ。

「新宮……お前、今国立志望と言ったか?」
「はい、先生も知っていると思いますが。俺とミハイルは高校を卒業後、結婚……まあ同棲しようと思っています。ですので、なるだけ学費は安くしたいと思って……」
 話せば話すほど、先生の顔は険しくなっていく。
「本気で言っているのか? 今3年生で夏も終わる時期だぞ? この一ツ橋高校に通っている新宮が、国立の大学へ進学するだと……無理に決まっているだろ、このバカモンっ!」
 なぜか怒られてしまった。

「そ、そんなにダメなんですか? 確率とか……」
「ゼロだっ! 新宮、お前は何もわかっておらん! 我が校は偏差値なんてものが存在しない。だから比較のしようがないのだ。そもそも本校へ入学した生徒の中で、進学するものは10人もいないだろう」

 そうだった……卒業率よりも、中退する奴らが多すぎる高校だった。
 やる気のないおバカが多いから。

 火のついた宗像先生は、更にマシンガントークが続く。
「大体だな! 最初から国立を狙っている生徒は、入学と同時に予備校へ通ったりして。別の勉強をしている。言いたくはないが、我が校の授業は中学生以下だぞ? 新宮の学力が低いとは思わないが、そんな学校で3年間勉強しても、何の足しにもならん! 受験勉強なら、もっと早く対策しておかないと不可能だ!」
「……」

 積んだ……と思ったが。
 宗像先生はため息を吐いた後、近くのデスクにあった冊子を取り、俺に差し出す。
 何かのパンフレット?
 手に取って見ると、何やら見慣れたマークが目立っている。
 
『|五ツ橋《いつつばし》大学。2023年度入学案内』

「これって……」
「我が一ツ橋高校と、同じ系列の大学だ。私立だがそこなら、一発で合格できるぞ。ちなみに私が卒業した大学だ」
 なぜか自慢げに語る宗像先生。

「マジっすか!?」
「ああ、私が推薦を出してやる。新宮は真面目だったしな。それに学費なども、かなり安くなるぞ」
「えっ!? 学費まで?」
 なんという神対応。
「そりゃそうだろ? グループの創立者は一ツ橋高校を、可愛がっていたからな。本校の出身者というだけで、大学での費用は安くしてくれる。他にも海外留学など、色んなコースも好待遇だ」

 つまり先生が出してくれた情報をまとめると、同じ系列ということで、推薦なら一発合格。
 そして学費まで安くしてくれる。
 最高じゃん!
 この大学なら、さっさと卒業できるし。
 拒む理由なんて無い。

「じゃあ、俺。ここにしても良いですか?」
「もちろんだとも。実は新宮、お前にはずっと大学を進めたかったんだ。でもお前、嫌がっていただろ?」
「まあ……そうでしたね。でも、今はミハイルがいるので」
「だよな。じゃあ早速、願書を書くか?」
「はい!」

 とんとん拍子で話は進み、ローテーブルの上に書類を並べる宗像先生。

「じゃあな、ここにサインをしてくれ。それでお前の入学は確定したようなものだ。今まで我が校が推薦した生徒で、落ちたやつは誰もいないからな、ハハハっ!」
「そう、なんですね……」

 この書類に俺の名前を書けば、入学は決まる……しかし、そんな簡単に決めてもいいのか?
 4年間、ここへ通うんだぞ?
 もう一度、宗像先生へ確認してみる。

「先生、あの……大事なことを聞き忘れていましたが。この五ツ橋大学ってどこにあるんですか?」
「そうだったな、キャンパスは全国に数か所あるが。新宮は作家だろ? なら文学部に入ればいいだろう。えっと……文学部のあるキャンパスはっと」
 宗像先生は改めてパンフレットを開き、キャンパスの場所を探し始める。
 しばらくすると、とある場所で指が止まった。
「お、これか。東京だな」
 その名前を聞いて、俺は思わずソファーから立ち上がり、叫び声をあげる。

「えぇーっ! 東京っ!?」
 当然、宗像先生は耳を塞いで、眉間に皺を寄せる。
「うるさい奴だな……別に良いだろ? 東京でも」
「い、嫌ですよっ! 福岡から離れるなんてっ! ようやくミハイルと結婚できるのに……」
 何百キロも離れた都会に暮らし、4年間も離ればなれになるなんて。

「なんだ、新宮。お前、社会人になるってのに、恋人と離れるのが寂しいってか?」
「そ、そりゃ……さびしいですよ。ヴィッキーちゃんに結婚を許されたとはいえ、1年以上、あいつとは会えないことが多くて。あと半年ぐらい我慢すれば、一緒に暮らせることだけを糧に頑張っているんですから……」

 弱音を吐く俺を見て、先生は深いため息をつく。

「はぁ……女々しい奴だな。4年間ぐらい、大したことないだろ?」
「絶対に嫌です……もう離れたくないんです……」
 気がつくと、目頭が熱くなっていた。
「なんだ、しばらく見ないうちに、弱くなっちまったな。新宮」
「すみません……。けど、今も自分を抑えるのに必死なんです。ミハイルと会ったら、ずっと離れたくないって、あいつを縛ってしまいそうで……」
「お前、本当に気持ち悪くなったな……。一応、忠告しておくが、ここは高校の事務所だぞ?」
「……」
 先生の言う通りだ。恋愛相談に来たのではない。

「あの、福岡にキャンパスはないんですか?」
「無いな。熊本に1つあるが、文学部はない。農学部だ」

 熊本か……別に通えない距離じゃないが。
 今の生活に支障をきたしたくない。

「じゃあ、五ツ橋大学への入学は難しそうです……俺には合いません」
 そう言うと、先生は険しい顔で俺を睨みつける。
「合いませんって……お前、それじゃ正社員になれないだろ? どうやって大学を探すんだ?」
「わかりませんが、福岡で俺のレベルでも入れそうなところを探します……」

 そう言うと、改めて先生に頭を下げる。
 一応、真面目に考えてくれたし。
 ソファーから立ち上がり、事務所を去ろうとしたその時、先生に引きとめられる。

「ちょっと待て! まだ他にも方法はあるっ!」
「え……本当ですか?」
「ああ、出来れば新宮には、五ツ橋大学へ進んで欲しかったが。仕方あるまい。|日葵《ひまり》が通っていた、この大学なら良いんじゃないか?」

 と1つのパンフレットを差し出す。

『|木の葉《このは》大学 2023年度入学案内』

 この大学、聞いたことあるぞ。
 けっこう近場にあったような……。
 ん? パンフレットの下に小さく何か書いてある。

『夜間コース』
 なんだこれ?

「先生、この大学って」
「うむ……勤労学生ならば、皆ここを選ぶ。夜間大学ってやつだ! 学費もかなり安いぞ!」
 と親指を立てて、笑う宗像先生。

 夜間大学ってことは、日中働いたあと、深夜まで勉強すんのかな。
 しんどそう……。

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