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第2話「保健室の王子様」前編

 前回に引き続き私は、卯月君に強く抱き締められている。



[朝蔵 大空]
 「…………卯月君?」



 怖い、どうしてこの子は私にこんな事を?


 なんで私に抱き着いてきたの??



[卯月 神]
 「あっ、ごめんなさい」



 しばらくすると彼は我に返ったようで、すぐに私を離してくれた。


 その後の彼は、一度も私と目を合わせない。


 私も何も声をかける事が出来なかった。



[卯月 神]
 「忘れて下さい」



 卯月君は空気に耐えられなくなったようで、自分だけ先に会議室から出て行ってしまった。



[朝蔵 大空]
 「なんなの……」



 私は卯月君を追いかける事はしなかった。


 あの子、『忘れて』って言ってたけどほんとに忘れて良いのかな?


 教室に戻るにもきっと卯月君が居るだろうし、気不味くて私はひとりで食堂に向かう事にした。



[朝蔵 大空]
 「何にしようかな?」



 ……。



[朝蔵 大空]
 「モグモグ」



 このカレー美味しい~。


 やっぱりカレーは豚、絶対ポークカレー。


 そしてにんじんが最高、ジャガイモは少し苦手だけど……。



[永瀬 里沙]
 「はぁ、はぁ……あっ、あー!いたー!!」



 私を見つけた里沙ちゃんがこちらに()け寄って来る。



[朝蔵 大空]
 「はむはむ……ふぅ、どうしたの?」


[永瀬 里沙]
 「あんた!何しでかしたの!?」



 何やら里沙ちゃんは凄く焦っているようだ。



[朝蔵 大空]
 「え?」



 私何かしたかな。


 いや私は何もしてない、妙な事をしたのは卯月君の方だ。



[永瀬 里沙]
 「その……卯月君がさ、もの凄い雰囲気でひとりで戻ってきたから何かあったのかなーって……」


[朝蔵 大空]
 「えとー……」



 でも『抱きしめられた』なんてド正直に言っちゃダメだよね?


 私は返答に困っていた。



[朝蔵 大空]
 「私にも分かんないよ?」



 だから私は諦めてとぼける事にした。



[永瀬 里沙]
 「えっ」


[朝蔵 大空]
 「卯月君、急に走って行っちゃったから……」


[永瀬 里沙]
 「えぇ……」



 私だってよく分からない、だって私はただ普通に校内案内をしていただけなのだから。



[朝蔵 大空]
 「トイレかなんか我慢してたんじゃない?」



 ここで私は面白いセリフをひと言。



[永瀬 里沙]
 「ぷっ……あはっ、そう言う事なの?」



 私の言葉に狙い通り里沙ちゃんは吹き出し笑いをした。


 私の渾身のギャグ、すかされなくてよかったー。



[朝蔵 大空]
 「あははっ!そーそー」



 私も一緒に笑いだす。



[永瀬 里沙]
 「って、そんな訳無いでしょ」


[朝蔵 大空]
 「ありゃ」



 まあこれで誤魔化せるなんて私だって思っていなかったさ。



[永瀬 里沙]
 「ちゃんと本当の事、聞かせなさいよ」



 食堂は人で溢れかえっている、ここで話したら必ず誰かの耳に入る。


 私は内緒話に良い所が無いかと窓の方に目を向ける。



[朝蔵 大空]
 「あっちの隅で話そ?」


[永瀬 里沙]
 「外?」



 私達はグラウンドの人気(ひとけ)の無い日陰で話す事にした。



[永瀬 里沙]
 「で?」



 日陰に着いた瞬間里沙ちゃんが食い気味で聞いてきた。



[朝蔵 大空]
 「案内してる途中に、会議室で……」


[野球部]
 「「「「「活ッ!!!」」」」」


[永瀬 里沙]
 「え何?」


[朝蔵 大空]
 「だ」



 その時だった。



[サッカー部員A]
 「いくぞ!全力~シューートっ!!」





 パンっっっっっ!!!!!





 向こう側からもの凄い勢いでサッカーボールが飛んできて……。



[朝蔵 大空]
 「なに……」



 あ、私の方に飛んでくる。



[朝蔵 大空]
 「やっ……!」



 飛んできたボールを()けようとして転んでしまった。



[永瀬 里沙]
 「ちょっと!……大空!大丈夫?」


[朝蔵 大空]
 「いったい……」


[永瀬 里沙]
 「足!切れてるよ!?」


[朝蔵 大空]
 「あ……」



 私は転がっていた尖った石でふくらはぎを怪我してしまった。


 血がぶわっとダラダラと流れ出てきている。



[朝蔵 大空]
 「うっ、なんでこうなるの……」



 不運だ。



 こんな事なら外になんか出てこなきゃ良かった。



[永瀬 里沙]
 「保健室行かなきゃ……」


[朝蔵 大空]
 「うん」


[永瀬 里沙]
 「着いて行こうか?」


[朝蔵 大空]
 「ううん、大丈夫。行ってくるね」



 里沙ちゃんには先に教室に戻ってもらう事にして、私はひとりで保健室に向かう。


 緊張しちゃうなぁ。





 コンコン。





 私は保健室に入る前に2回ノックをした。



[???]
 「あっ、はーい!」



 中の人の返事が聞こえた。



[朝蔵 大空]
 「失礼します」



 私は部屋の中には保健室の先生が居ると思っていたのに。


 あれ?



[嫉束 界魔]
 「こんにちは」



 "純白の天使"


 それが座っていた。



[朝蔵 大空]
 「……」



 なんで。



[嫉束 界魔]
 「……え?どうしたの?」


[朝蔵 大空]
 「しっ……嫉束君ですか?」



 偽物かと思って私は思わず本人確認をする。



[嫉束 界魔]
 「えっ…………うん、そうだけど」



 どう言う事どう言う事、どうして彼がここに居るの!?


 もしかして、保健委員!?


 とにかく逃げなきゃ……。



[朝蔵 大空]
 「ご、ごめんなさい!なんでも無かったです!!」


[嫉束 界魔]
 「え、なんで」



 私は彼から逃げる為、保健室から出ようと後ろを振り返る。



[嫉束 界魔]
 「ちょっと待って……!」



 彼が私の腕を掴んで私を引き止める。



[嫉束 界魔]
 「理由は……分かるけど。怪我してるから来てくれたんだよね?」



 嫉束君が傷口から血の垂れた私の足を見た。



[嫉束 界魔]
 「大丈夫?痛そうだね、とりあえず座ろ?はい!ここに座って良いよ」



 私の目の前に椅子がひとつ用意された。



[朝蔵 大空]
 「……うん」



 私は開いていた保健室の扉を閉めた。



[嫉束 界魔]
 「転んだの?」


[朝蔵 大空]
 「う、うん」



 嫉束君を相手に私はまともに話せない。


 相槌を打つのだけでも必死だ。



[嫉束 界魔]
 「……とりあえず、消毒するね。はい、沁みるよ~……」



 嫉束君が消毒液の染み込んだコットンを私の傷口に当てる。


 確かに沁みるが別にそれほど痛くはない。



[嫉束 界魔]
 「歩く時痛くなかった?」


[朝蔵 大空]
 「んー、そんなに?」


[嫉束 界魔]
 「そっか」



 と言ってる内に私の足にはもうガーゼが巻かれていた。


 嫉束君の傷の手当ては本当に手際が良かったです。



[嫉束 界魔]
 「その様子だと捻挫とかはしてなさそうだね?よかった」



 ニッコリ笑顔を見せる彼。


 やばい、美麗(びれい)すぎる。



[朝蔵 大空]
 「ありがとうございます」



 そのご尊顔を是非孫の孫の代まで継いで行って下さい。


 やばい、私もファンになりそう?


 絶対ファンクラブの方には入らないが。



[嫉束 界魔]
 「あの……」


[朝蔵 大空]
 「ん?」


[嫉束 界魔]
 「朝目が合った子だよね?」


[朝蔵 大空]
 「えっ!?」



 覚えられてたのか……嫉束君を見つめる子なんていっぱいいるよね?



[朝蔵 大空]
 「そ……人違いじゃない?」



 学校イチのモテ男の嫉束君とこれ以上話したら罰が当たりそうだ。


 ここは適当に流してさっさと退散しよう。


 私が社会的に死なない為に。



[嫉束 界魔]
 「えっ……でも」



 私の発言に嫉束君は困惑した。


 その困った表情ですら彼は魅力的だ。



[朝蔵 大空]
 「あっ、あー!あの時か!思い出しました!」



 困らせてしまった事に申し訳なくなり、私はもう少しだけ会話を続ける事にした。



[嫉束 界魔]
 「あっ、よかった……」



 嫉束君はほっとした後、素直な笑顔を見せた。


 あっ。


 時計を見ると、もう昼休みが終わるまであまり時間がなかった。



[朝蔵 大空]
 「えっと、私そろそろ……」


[嫉束 界魔]
 「名前、聞いても良いかな?」



 『帰ります』と言いかけた所だった。



[朝蔵 大空]
 「えっ?朝蔵ですけど……」


[嫉束 界魔]
 「下の名前は?」


[朝蔵 大空]
 「下の名前は……大空です」


[嫉束 界魔]
 「そっか!じゃあ大空ちゃんだね」


[朝蔵 大空]
 「大空ちゃっ……?!」



 良いのか?皆のアイドルの嫉束界魔君に名前で、しかも『大空ちゃん』と呼ばれても?!



[嫉束 界魔]
 「あっ、ごめん……馴れ馴れしいよね、僕」



 私が動揺した表情を見せると、嫉束君は悲しそうに俯いた。



[朝蔵 大空]
 「あーそんな事無いですー!」



 可哀想なので必死に釈明した。



[嫉束 界魔]
 「あははっ、よかったー」



 なんなのこの魔性の王子は、私の乙女心を掻き乱してくる……。



[嫉束 界魔]
 「自分語りしちゃって悪いんだけさ。僕さ……ほら、友達少ないんだよねっ、ある理由で」



 彼が言いたいであろうある理由とは、やっぱり嫉束君にまとわり付いているファンの事だろう。



[朝蔵 大空]
 「……ファンクラブ?」


[嫉束 界魔]
 「うん……だから僕に近付いてくる子はなんか、怖い()ばっかで……男子達も基本皆僕を避けてるみたいだし」



 高嶺の花ってやっぱり孤独になる運命なんだな。


 可哀想だと思う、この子はきっと普通の高校生活がしたかったはず。


 持て余すほど恵まれた容姿も望んで持って生まれてきた訳ではない。



[朝蔵 大空]
 「嫉束君!私が友達になろうか!?」



 気付くと私はそんな事を口走っていた。



[嫉束 界魔]
 「えっ……ほんとに?」


[朝蔵 大空]
 「うん!」


[嫉束 界魔]
 「あっありがとう……嬉しい。女の子の友達なんか、初めて出来た……」



 そりゃあ嫉束君に寄ってくる女の子なんて『友達』だけじゃ満足出来ないだろうね。



[嫉束 界魔]
 「あ、そうだ。大空ちゃんって、クラスどこ?」


[朝蔵 大空]
 「え?私、2組……」


[嫉束 界魔]
 「そうなんだ!じゃあクラス隣だね」


[朝蔵 大空]
 「嫉束君は3組でしょ」


[嫉束 界魔]
 「わっ、よく知ってるね?」


[朝蔵 大空]
 「まあ、有名だもん……」



 3組の王子として有名だもんね。



[嫉束 界魔]
 「そ、そっか。うん、僕は確かに有名だ」


[朝蔵 大空]
 「うん?」


[嫉束 界魔]
 「でもそう言うの辞めてほしい。皆が言ってる嫉束界魔じゃなくて、大空ちゃんには僕の事ちゃんと見てほしい……!」



 それはつまり、嫉束君の外見ではなく、内面を見てほしいと言う事だろうか?



[朝蔵 大空]
 「分かったよ、友達だもんね?」


[嫉束 界魔]
 「やった」





 キーン♪コーン♪カーン♪コーン♪





 昼休み終了のチャイムが鳴る。



[朝蔵 大空]
 「戻らなきゃ……」


[嫉束 界魔]
 「うん、そうだね。行こっ、大空ちゃん」



 彼はどうやら私と一緒に教室に戻ろうとしてるらしい。



[朝蔵 大空]
 「あっ……でも」



 嫉束君といる所を他の人に見られたら噂になるかも……。


 そう考えてしまう私は嫉束君の事を日頃避けている人達と全く一緒だ。



[嫉束 界魔]
 「あっごめん、辞めとこうか。じゃあ……僕こっち側から行くね」



 嫉束君が向かおうとしている道は遠回りだ。



[朝蔵 大空]
 「ごめん……」


[嫉束 界魔]
 「あ……謝らないで、君のせいじゃないから」


[朝蔵 大空]
 「う、うんっ」


[嫉束 界魔]
 「じゃあね!!」



 嫉束君は私に手を振って廊下を歩いて行ってしまった。


 私が行くのはすぐ近くの階段から行く道。


 まさかの急接近だったな……。





 つづく……。

しおり