【四】芸術性
――三日後。
『青山班長。現場の区画N72商業施設エンモラルにおいて発見された紙片に、“ヨセフ”の文字が確認できました』
運転席で自動走行モードから手動に変更しつつ、指輪型端末上に表示された画面を見て、青山は頷いた。助手席には、声帯と食道を封じた状態の篝がいる。手足の指先まで現在は管理下にあるが、薬物投与はしていないので、本人の自発意思がある状態だ。逃亡は不可能だが、なにをするか分からないのが芸術家だ。
「急行する」
こうして青山と篝が現場に到着すると、そこにはまだ血の臭いが残っていた。
それもそのはずで、被害者の遺体も検分のためにそのままである。
そこには規則正しく女性の右足が並んでいる。断面が地に着き、つま先が天へと伸びている。芸術家の犯行を疑う要素も無い猟奇殺人である。しかし、断定するのは、バディの仕事である。芸術家の犯罪は芸術家にしか見抜けないのだから。指輪型のシステムで、青山は篝の声帯を解放した。
「どう思う?」
「っ、あ……あーあーあー、うん……えっと」
発声を試みてから、篝が言った。
「こんなに陳腐な作品は、芸術家の仕事じゃないと思う」
「なに?」
「これはただの猟奇殺人だよ。芸術性が感じられない」
「――俺には遺体を品評する趣味は無い。だが、芸術家以外の一般市民がこのようにむごたらしい事をするとも思えない」
「だったら青山の意見を採用すれば良いよ。私は違うと言った」
「……お前が断言した以上、これは特別刑務官の仕事ではなく、警邏庁警察課の事件となる。帰るぞ」
こうして青山は、再び篝の首輪を操作してから、車へと引き返して本部に報告をした。
結局、五日後に逮捕されたのは、ただの猟奇殺人鬼だった。一般市民である。
青山は、ソファに座って興味深そうにルービックキューブで遊んでいる篝を一瞥した。本当に判別が可能だと、思い知らされたようにも思う。篝の前にも二人ほど、第一級と第二級のセンシティブをバディにした事があるが、ここまで的確に見抜いた者は、一人もいなかったのが実情だ。
「篝」
「ん?」
「今日は料理は作らないのか?」
初回のパスタ以後、篝は料理をしていない。だが今日は時間があるからと、青山の方から促した。飽きたのならば、それで構わないと思っていた。以後は宅配を手配するまでだ。
「こ、この前の! トマトソースで……ラザニア……作れる?」
「ああ。それらの食材は家にある」
「作りたい」
「俺の手伝いは必要か?」
「一人でやってみたい」
と、こうして篝が料理に立ったので、青山は仕事に専念する事にした。
――ヨセフ。
今回は、いくら一般市民が犯罪に手を染めたとは言え、現場に重要な紙片があった。ヨセフは、青山の両親が没した第一種指定犯罪事件にも関与しているとされている。その上、芸術家を多数手引きしている。それが一般市民にまで及んだとなれば、ゆゆしき事態だ。
「狙いはなんだろうな」
青山が呟く。目的が不明な犯罪者であるから、捜査がより困難になっている。
思考がまとまらない時、青山はAIが生みだした芸術作品に触れる事にしている。
そこで、今も音楽を流し始めた。
その時だった。
「それ、
篝が驚いたように声を上げた。青山が視線を向ける。
「冬眞くんの作った曲だ。なんで、ここで流れてるの? 人間の芸術作品は、駄目なはずなのに」
「どういう意味だ? これはAIが作った曲だ。冬眞というのは、
「う、うん……生存……生きてるって聞いた気がする」
「ああ。彼はお前よりも少し早く特別警務班の管轄に入った特務級の感情表現者だ。生きている。しかし、どういうことだ?」
「……、……ああ、そっか。生きてるんだもんね。きっとヨセフを狩る事になったんだね」
篝の言葉に、青山は驚いた。
「ヨセフを知っているのか?」
「うん。青山は知らないの?」
「――詳しく話してくれ」
「それは――」
ビービービーと首輪が音を立てたのは、その時のことだった。
『再生制限がかかっている記憶部位及び声帯変動を感知しました。続きをお聞きになる際は、ランクSSAの許可を取得して下さい』
首輪から響いてきた自動音声に、青山が目を見開く。すると首輪を押さえた篝が、苦しそうに呻き、直後崩れ落ちた。慌てて立ち上がった青山が抱き起こすと、薬を注入された様子で、焦点の合っていない篝の瞳が見えた。
「許可申請は、現時点では不要だ。即刻注入を解除。フェーズを戻してくれ」
『畏まりました』
すると気道圧迫と薬物投与がとけたようで、必死で篝が息をした。
「――AI……が、私の小説……盗んで……」
「篝?」
「……PNまで同じお話なんて、あるわけが……」
そう呟くと、ガクンと篝の体が揺れて、そのまま意識を手放したようだった。
今聞いた言葉を脳裏で反芻しながら、青山はソファに篝の体を運んで横たえる。
それから自分でキッチンへと立ち、途中まで作成されていたラザニアの続きを行うと決める。
「ああ、そうだな。PNまで同じなら、それは盗作だ。小説ならば。そして音楽で、AI作として芸術家の生みだしたものが流れているならば、それもまた盗作行為に等しい大問題だ。だが、意味が分からない。芸術家の作品に感動する人間など皆無に等しいのに、AIが盗作? そんな馬鹿な」
その後オーブンに入れたラザニアが完成する頃、篝が目を覚ました。