第二十六話 侵攻(4)
ヤスとリーゼが神殿に戻ってきたのは、帝国が
指令室になっている会議室に、ヤスとリーゼが戻ってきた。
「戦況は?」
ヤスは、自分の席に座る。リーゼは、当然のようにヤスの隣に座る。
作戦室でオペレータを務めていたのは、オリビアだ。
帝国の侵攻が始まってから、交代でオペレータを務めている。今は、オリビアとメルリダとルカリダが務めている。ヤスには、事後に承諾を貰っているが、監視している箇所は、3箇所に絞っている。
他は、問題や動きがあった場合にアラームが上がるような仕組みにしている。アラームを上げるのは、ヤスの
ヤスの問いかけには、オペレータの席に座っているオリビアが答える。ヤスとリーゼを除いた者たちで決めたルールだ。
「敵兵力は2,000。
数時間前からの状況を、早送りでヤスに見せる。
「他の場所は?ローンロットは?」
ヤスが気にしているのは、神殿が確保している場所の状況だ。
関所の森の周りにも、帝国兵が駐屯している。狙いが解らない状況なので、ヤスがローンロットを気にするのは自然な流れだ。
「関所の森には、入ってきていません。斥候の進入を確認しましたが、捕えて神殿に送りました」
「聴取は?」
聴取と言っているが、拷問に近いのは皆が把握している。
素直に話せば、拷問は行われない。帝国兵は、神殿に侵入しようとする者たちに比べたら簡単に事情の説明をしてくれる。斥候であり、スパイではない。帝国への忠誠も低い者が多い。反対に、帝国の情報を売りつけようとする者もいるほどだ。ただ、下級兵が多いために、得られる情報の質も量も期待が出来ない。
「抜け道がないか探しているようです」
「抜け道?」
ヤスが驚くのも当然だ。
関所の森には、川が流れている。ローンロットを制圧できる程の兵が監視を潜り抜けて渡河するのは難しい。そもそも、関所の森を防衛ラインにしてきたのは、帝国側だ。今更、抜け道が”新しく”見つかるわけがない。解り切ったことに、人を派遣して探させようとする辺りが帝国軍の劣化を物語っている。。
「はい。トーアヴェルデが抜けられないので、関所の森を抜けて、王国への侵攻を計画したようです」
「え?何?その何も考えていないような作戦は?」
ヤスの言葉で、皆がオリビアを見てしまった。
オリビアだけではなく、メルリダとルカリダも俯いて恥ずかしそうにしている。3人には一切、本当に、何も、関係しないのだが、帝国の皇子たちがここまで愚かだとは思っていなかった。
「なぁオリビア」
ヤスの呼びかけにオリビアは顔を上げて、ヤスを見つめる。
「ヤス様。帝国にも、将軍はいますし、騎士団もあります。しかし、上に立つ者や、作戦を考える者の殆どが縁故によって決まります。酷い部隊では、隊長が持ち回りになっている場合があります」
言い訳にならない事は、オリビアが一番よくわかっている。
オリビアのサポートをしていたサンドラは聞いていて違和感を覚えている。
「お!?平時ならいいが・・・」
持ち回りは一概に悪いとは言えない。腐敗を防ぐ方法としては、一定の意味がある。
「はい。しかし、持ち回りも・・・」
「もしかして、派閥の中で回しているだけで、腐敗が進む結果になっているのか?」
ヤスの言葉に、オリビアは頷いて肯定する。
「オリビアさん。騎士団の人事には、皇帝は口を挟まないのですか?」
「え?挟みませんよ?貴族の特権になっています」
「そうなのですね!」
「はい。王国は違うのですか?」
サンドラがアデレードを見る。
アデレードは、サンドラが何を危惧しているのか解っているのだろう。手で許可を出すように、話をサンドラに任せたようだ。
「王国では、騎士団の団長や各部隊の部隊長まで、任命権は陛下にあります。貴族家が推薦しても、陛下が頷かなくては、就任はできません」
「なぁサンドラ。それでも、国王が全部の任命を認識するのは無理だろう?騎士団の団長くらいならいいが、各部隊の隊長は無理だろう?」
「はい。不可能です」
「ヤスさん。陛下が任命しているので、不正が見つかった時には、賠償は陛下が行うのです」
アデレードが何を言いたいのか解った。
ヤスは任命権と責任の所在をはっきりさせているのだと理解した。実際には、”なあなあ”で済まされていたのだとしても、建前は必要だ。そして、国王陛下に恥をかかせた騎士団や部隊が他の部隊から攻撃されるのは、当たり前なことで、次の予算の時に、任命時に推薦した者を含めて、つま弾きにされるのは目に見えている。
「帝国と王国で、騎士団の考え方も違うのだろう・・・。オリビア。第二皇子の動きは?」
「まだ船の調達を行っています」
「もう少し、計画を・・・。言ってもしょうがないのだろう。何処からか、横やりが入っているのか?」
「違うようです」
「違う?」
「船の数が揃わないのです。漁民が船を隠してしまったようです」
「ほぉ・・・。情報が流れたのか?」
「・・・。はい」
オリビアが、ヤスを見てから、大きく息を吐き出した。
わざとらしい演技を目にして、オリビアは面白いと思う気持ちと、皆が言っていた内容が理解できた。曰く『ヤスは子供』を・・・。
「ユーラットへの到着は、まだ先だな?」
「はい。船がない事から、兄・・・。帝国は、調達できた船を繋いで、大きな船にしてそこに丸太をまとめた物を繋げて、兵を運ぶようです」
「へぇ・・・。大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないとは思いますが・・・」
「半数くらいは犠牲になると?」
「はい」
「天気と潮流次第か?」
「協力的な漁師が居れば、潮の流れは大丈夫だとは思いますが・・・。帝国から、ユーラットに向かうには、複雑な・・・」
「まぁそうだな。船を繋げているのは、潮流への対策だとは思うが・・・。是非、皇子にはユーラットに到着して欲しいのだけど・・・」
「オリビア様。ヤス様。帝国が動きました」
ヤスとオリビアの話に差し込んできたのは、オリビアの従者であるメルリダだ。
示されているモニターには、
包囲していた一部が
結界で守られているために、結界が破られない限りは、攻撃を行わないことにしている。そして、結界が破られることは”ない”と皆が考えている。
ヤスは、帝国の布陣を観察していた。
「オリビア。攻撃を始めた部隊を知っているか?」
流石に、オリビアでも全ての部隊長を把握していない。そもそも、不可能だ。
申し訳なさそうに首を振る。オリビアに、ヤスは自分が聞きたかった事を訂正した。
「それなら、装備から貴族に属する部隊なのか、騎士団なのか、判断は出来ませんが、帝国の標準的な装備だと思います」
「装備を、民兵や傭兵に貸すことは?」
「絶対とは・・・。しかし、殆ど、ありません」
「そうか・・・」
ヤスは、モニターを見つめながら、何かを考えている。
そして、新たな作戦を紡ぎだす。
「トーアヴェルデから、ドッペル部隊を出せるか?」
「え?」
オリビアでは判断が出来ない。
「出来ます。人員は、200名程度です」
サンドラがオリビアの代わりに答える。
「関所の森の中からは?」
「そちらには配置はされていません。人員に余裕があるのは、西門です」
「数は?」
「王国の人員を入れて、300程度です」
「帝国の人員だけでは?」
「30程度です」
「西門まで攻められることはないだろう。100を関所の森に向かわせろ。移動には、アーティファクトをつかえ、配置が終了したら、関所の森の近くにある屯所から攻撃を開始。伝令が、
作戦の詳細をすぐさま決定して、行動を開始する。
待ちの状況から、攻めに行動が変更された。
攻撃されたという体裁は整えた。
あとは、殲滅するだけだ。
今更だが、建前は必要だ。対国の戦いなら余計に、体裁が大事になることが多い。特に、戦後処理で・・・。