172 ジャンの過去
――シュゥゥゥゥ……。
炎を包み込んだ水が、白い煙となって、一帯を漂い始める。
リートの放った火矢の火も濡れて消えてしまい、ポトッと落ちた。
「マジっすか……」
そんな光景を、唖然としてリートが見ている。
「ジャン村長」
マナトと呼ばれた男は言うと、ジャンのほうに振り向き、話し始めた。
「かつてのラハムの地での、とある村……村というより、国と呼んでもいいほど大きな村だったそうで、そこで、とある孤児が一人、当時の村長に拾われました」
「……」
ジャンは無言のまま、目の前で語る男を見つめていた。
「子供に恵まれなかった村長は、たいそうその孤児を愛しました。もはや、本当の親子以上の仲の良さだったと。その孤児が、あなたですね、ジャンさん」
「……」
「村長の義理の息子として、すくすくと、大きく、強く、賢く、村の皆からも慕われながら、ジャン少年は育った。……ジンであることを、一切、知られることなく」
「……」
「しかし、その村に、あなたではない、別のジンが襲ってきた。そして、村がジンに襲われているのを、あなたは一人、立ち向かって追い返した。……すべて、さっき集会所で聞いた話です」
マナトはさらに続けた。
「でも、ジンの襲撃で、その村の土地はダメになってしまった。そこで、新天地を求めて、村人みんなで移住の旅に出る」
「……」
「旅の途中も、盗賊の襲撃、獰猛な生物の襲撃を、ことごとく打ち負かして、皆を危険から守り、皆を鼓舞し、元気を与え続けた。……でも、すでに老年となり、身体を患っていた先代の村長だけは、旅中に停泊したサライで病に倒れ、逝ってしまう」
「……」
「皆の前で、死にゆく村長はあなたに言った。次の村長は、ジャン。ジャンを中心にして、皆で一致団結して、新天地で新たに村を興せよ、と」
マナトと呼ばれた男は、真っ直ぐ、ジャンを見つめて言った。
「僕は、あなたがジンであることよりも、村に貢献してきた、村人逹とともに過ごしてきた、二十数年を信じます」
「……」
――スッ。
ジャンが、マナトへと斬りかけた長剣を下げて、鞘に納めた。
「……はは、マジっすか」
リートがジャンの挙動を見て、半笑いしながら言った。
「こんなこと、あるんすね」
「……フフっ」
ジャンも微笑んだ。
「リートさん、私もまったく同じことを思いました。こんなこと、あるのですね」
そして、砂漠のほうを眺めると、やがてマナトとリートに言った。
「……盗賊は去りました。湖の村へ戻りましょうか」
※ ※ ※
湖の村へと戻ったマナトとリートは、ジャンの家に招かれていた。
木造の簡易的な、言ってしまえば、ただのほったて小屋のような空間で、必要最低限の家具と、寝台。
そして、部屋中央には暖炉が設けられ、たいまつがかけられて、赤々と燃えていた。