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シェリーがおずおずと口を開く。
「イーサンとブルーノのことを教えてくださいませんか?」
アルバートがゆっくりとシェリーを見た。
「そうだね。君は知る権利があるね」
シェリーが頷く。
「イーサンは君を守るためにとても忠実に役目をこなした。何度目かの時にブルーノがヌベール辺境伯の領地まで赴いて止めるように説得したんだよ。そしていろいろと説明し、イーサンは抜ける決心をしたんだ。その会話を黒狼に聞かれてしまってね」
レモンが黒狼という単語に反応して顔を上げた。
「冷遇されていたとはいえ、自国を滅ぼそうとしてる者を見過ごすことはできなかったのだろう。黒狼がブルーノに剣を向けた。その時点ではブルーノがオピュウムを持っていたから彼が運び屋だと思ったのだろう。切りかかった黒狼の前に飛び出したのがイーサンだ。イーサンは戦いながら自分が工作員で、ブルーノは止めるように説得に来たのだと説明したそうだ」
まるで情景が浮かぶようだとシェリーは思った。
「ブルーノも必死で黒狼に説明したらしい。黒狼が剣を引いたときには、イーサンの左足と左目は……」
シェリーはギュッと目を瞑った。
レモンが声を出す。
「黒狼相手に命を保ちつつ言葉を発するとは……イーサン卿の実力は凄いのですね」
「ああ、彼は叔父上にも勝るとも劣らないほどだった」
数秒誰も口をきかなかった。
「そして彼は姿を消したんだ。黒狼が手引きしてブルーノが資金を出した。教会で働いているのは本当だ。そして、彼の傷を癒すために付き添った女性と結婚したのも……本当のことだよ、シェリー」
シェリーは静かに閉じていた目を開けた。
「彼は一途に君の幸せを願っていた。自分がいては君に迷惑がかかると考えたのかもしれない……今は穏やかに暮らしているよ。黒狼がその身を守っているし、ブルーノも支援しているから……会いたいかい? シェリー。それならどこにいるのか教えるけど」
シェリーが首を横に振る。
「いいえ、私の夫はアルバート・ゴールディです。ちょっと押しが弱くて頼りないこともあるのですが、とても優しい方なのですよ? 国民の安寧のためなら自信の評価はもちろん、命さえも投げ出すことを厭わない方なのです。私はこの方こそゴールディ王国を託すにふさわしい方だと思っています。そして私はそんな夫のためならなんだってする覚悟ですわ」
アルバートの目にうっすらと涙が浮かぶ。
シュラインがお道化て言った。
「シェリーはそのアルバートっていう人を愛しているの?」
シェリーがにっこりと笑った。
「ええ、いつの間にか愛していました。でも彼が浮気しているって思って初めて気付いたのです。遅すぎるって自分でも呆れます」
サミュエルが優しく言った。
「気付けただけでも良かったよ。穏やかに育む愛は途轍もなく強いのではないか? 羨ましい限りだ。改めて不出来な甥をよろしく頼むよ」
シェリーは涙ぐみながら立ち上がり、美しいカーテシーで応えた。
「こちらこそ、改めましてよろしくお願い申し上げますわ」
アルバートが立ち上がりシェリーを抱きしめた。
「必ず幸せにする。僕を信じて付いてきてくれ」
「はい、殿下。地獄の果てでもお供いたします」
その日はその感動を余韻として散会となった。
レモンはドレスを脱いでキースが着てきた紳士服に着替え、兄のアルバートと共に退出した。
キースはアルバートが着ていたドレスに身を包み、シュラインと共に部屋を出た。
サミュエルは一人静かに自室に戻り、シェリーの応接室に残ったのは、シェリーとアルバートとレモンが着てきたドレスだけとなった。
「女装のあなたも素敵だったわ」
「お陰でドレスを上手に脱がせるコツをつかんだよ」
「まあ! どこでその技を披露なさるのかしら?」
「君の前だけにしておくよ」
アルバートがシェリーを抱き寄せた。
その日二人は久々に肌を合わせた。
今までのように義務的な行為ではなく、まさに愛を確かめ合うような激しいものだった。
翌朝、朝食を運んできたオースティンと騎士服に身を包んだレモンは、穏やかな二人の笑顔を見て感動で泣きそうになった。
アルバートはシェリーによって化粧を施され、レモンのドレスに身を包んだ。
「そういえば、私が実家に帰っていた時にローズ嬢がこの部屋を使ったと聞きました」
「ああ、あの日か。あれは僕とキース殿がここに泊ったんだ。僕はベッドで寝たけれど、キース殿はソファーで眠ったよ。僕の愛妻のベッドは使えないってね。まあ、使いたいって言っても却下したけど。僕ならまだ良いでしょ?」
「メイドがとても戸惑っていましたわ。行為の残滓もあったとか?」
「それは僕のだ。彼が風呂に入っている間に君の香りに包まれてしまって我慢がきかなかったから……って! 未婚のレディの前でなんてことを言わせるんだ!」
「ほほほ。でも私って事情を知らなかったから、ベッドごと交換してしまいました」
「そりゃそうだろうね。ははは! まあ仕方がない。僕は疑われて蔑まれなくてはいけなかったし、置手紙を残すわけにもいかなかったからね」
「フフフ……」
「はぁぁぁぁ恥ずかしい。レモン嬢、ごめんね。朝から不快な話を耳に入れてしまった」
レモンが赤い顔をしながら言った。
「いいえ、墓場まで持っていきますのでご安心を」
けろっと言う妹の後ろでオースティンがおろおろしていた。