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皇太子妃の無聊を慰めるために、旧友であるレモン・レイバート子爵令嬢が頻繫に訪れるようになった。
庭園の東屋や皇太子妃の私室で、お菓子の山を挟んで楽しそうに話している姿は、年相応の女性というより女学生のような雰囲気だ。
護衛騎士やメイド達は離れた位置から見守り、時には義兄であるシュラインや叔父であるサミュエルが加わることもある。
今日は珍しく庭園を散歩していた国王が飛び入り参加していた。
「シェリーはどんな学生だったのかね?」
国王の言葉にレモンが答える。
「お転婆な子でしたわ」
「それは想像できないな。シェリーは落ち着いた態度を崩さない淑女の鏡のような女性だと思っていたが?」
シェリーが肩を竦めた。
「国王陛下、それはきっと厳しい皇太子妃教育の賜物でございます」
国王の明るい笑い声が響く。
使用人たちは顔を見合わせて目を丸くした。
おそらく国王陛下も笑うんだなどと思っているに違いない。
そうシェリーは思った。
「いつまでも年寄りが邪魔をしてはいけないね。そろそろ行くよ。レイバート子爵令嬢、ゆっくりとしていきなさい」
「お気遣いいただき心より感謝いたします」
国王は立ち上がり、側近たちを引き連れて仕事に戻った。
ホッと胸を撫でおろすレモンは、シェリーに顔を近づけた。
「疑っているのでしょうか」
「まさかとは思うけれど用心するに越したことは無いわ。それにしても今日はあなたで良かったわ」
「今日はここに泊めていただき、明日兄と一緒に帰ることになっています」
「そうなのね。良かったら私の寝室に泊まらない? 続きの応接室で義兄様と叔父様を呼んでワインパーティーとかどう?」
「私の兄も呼びましょうか。兄の友人も来ているので」
「ああ、それは良いわね。用意させるわね」
シェリーは侍女を呼びワインパーティーを開催することを告げた。
「そういえばバラの花が散ったそうですよ」
シェリーは目を見開いた。
「いつ?」
「昨夜です。庭師は隠すと決めたようです」
「庭師の息子は騒ぐのではなくて?」
「息子は遠い国に仕入れに行っているので不在です」
「庭師は悲しんでいるのでしょうね」
「あのバラが散ったこととが主に知れることを恐れているので、少し動きがあるかもしれませんね。楽しみです」
そう言うとレモンは紅茶のカップに手を伸ばした。
薬漬けにされたローズが死んだ。
彼女が死んだことを国王が知ればどう動くだろうか。
「今日のパーティーのおつまみは何かしらね」
レモンが目だけシェリーに向ける。
「隣国から取り寄せた珍しい魚の燻製だと聞きましたわ」
「あら、それは楽しみね。四種類目かしら?」
「いえ、二種類目だと聞いておりますわ」
どうやらグリーナ王国の第二王子を取り込んだようだ。
シェリーはフッと息を吐く。
「今夜が楽しみね」
レモンが口角を上げた。
「妃殿下、私は兄のところに行ってまいりますわ。後ほどお部屋にお伺いいたします」
「ええ、わかったわ。私も残りの仕事を片づけてしまいましょう」
二人は立ち上がり東屋を出た。
その姿を回廊の端から見ていた国王は、側近を呼んで指示を出した。
「身元は?」
「間違いなくレイバート卿の妹です。学園を卒業後、領地に戻っておりましたが結婚相手を探すために王都に来たという本人の言葉通りの裏がとれました」
「フン! 何やら仕掛けがあるかと思ったが本当に旧友というだけか。アルバートは?」
「ミスティ侯爵邸に滞在してあられます」
「そろそろ操り人形になる頃だが、ミスティは何も言ってこんな」
側近は視線を下げた。
そんな側近を蔑むような目で見た後、国王は小さな声で言った。
「まあ良い。戻るぞ」
歩き出した国王の背中を、側近が慌てて追った。