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「レディ、よろしければ一曲お相手願えませんか?」
動揺を扇で覆い隠していたシェリーの前に、手が差し出される。
ゆっくりと視線をあげると、真っ先に目に飛び込んだのは真っ赤なバラの花だった。
扇を閉じてにっこりと微笑む。
「喜んで」
慣れた手つきでシェリーをホールの中央まで誘導したバラの君は、曲が始まるとすぐにがっちりとシェリーの腰をホールドした。
遠慮のないその仕草に、泣きそうな気分になる。
「もう少し遠慮していただけないかしら? 私たちは今夜初めてお会いしましたのよ?」
「初めて? まあ今夜という限定なら初めてだね。会いたかったよ、シェリー」
その声を聞いたシェリーはギュッと唇を引き締めた。
リードされながらサミュエルを探す。
女性たちに囲まれながらも、シェリーを目で追っていたサミュエルがニコッと微笑んだ。
彼は承知なんだ……シェリーは少しだけ複雑な思いがした。
「聞きたいことがたくさんあるだろう?」
「ええ、本当にたくさんあるわ」
「今日話せることはまだ少ないんだ。でも信じてほしい。これだけは言い切れる。僕は君を裏切ったりしない」
シェリーがキッと顔を上げて睨む。
「信じられる要素が何も無いのだけれど?」
「僕たちには絆があるじゃないか」
「それを断ち切ったのはあなたでしょう?」
「違うよ、シェリー。これから先、何があっても僕を信じていてくれ。絶対にだ」
そういうなりバラの君は少しだけ動きを速めた。
ダンスの後半、ステップを複雑にして山場を演出する彼の癖だ。
懐かしいような気分になったが、それと同じくらい悲しい気持ちも湧き上がる。
最後に会ってから半年ほどが経っただろうか。
なぜか遠い昔のような気がする。
シェリーは自分の心に整理がつかないまま、慣れ親しんだリードに身を任せた。
「シェリー、バルコニーに行こう」
曲が終わり、互いに礼をした手を握ったままバラの君が歩き出した。
これはサミュエルから言われていた予定行動だ。
ということはサミュエルはバラの君の正体を知っているということだろうか。
そして恐らくはシュラインもブルーノも……
シェリーはモヤモヤとしながらも、手を引かれるままバルコニーに出た。