146 洞窟探検②/クラシックコウモリ
「へっ?誰か、いるのか……?」
ラクトは持っているランプを左右に振ってみた。
そこそこ広い空間となっていて、洞窟内独特の、ヒンヤリとして、少し湿り気を帯びた空気が、肌に触れる。
「誰も……いない」
――ア~。
再び、先ほど聞こえた声がした。
何ともいえない、高貴な女性の声というか、バイオリンの奏でる音色のような音が、かすかに洞窟内に響く。
……このヤスリブには、ちゃんと実在するのかもしれない。
「まさか……幽霊とか……?」
マナトは、ボソッとつぶやいた。
「えっ!」
マナトの言葉を聞いたラクトが、ビクッと身体を震わせた。
「なっ、ちょっ、お、おいマナトお前ちょっ、幽霊とかそんなの、いるわけ、おま……」
「あれ?ラクト、震えてない?」
ミトが言った。
「はっ!?ミトお前ちが……さ、寒いんだよ!そう!寒いだけなんだけどなぁ!」
――ア~。
「ま、また、聞こえる……!」
「ひぇ……!」
――ア~ア~。
――アア~アア~。
別の声も聞こえてきた。同じようなオペラ風の声だが、トーンやリズムは、少し違う。
――ア~アアアアアアア~。
先の声と声とが混ざり合い、共鳴するように洞窟内に鳴り響いた。
「これ、取り囲まれてるんじゃ……」
「ひぃ!」
「……あっ、分かった」
上のほうにランプを向けていたミトが言った。
「コウモリだ」
――パタパタ。
ミトのランプに照らされ、洞窟の天井から飛び立った小さなコウモリが、翼を羽ばたかせた。
「なんだよ、コウモリかよ……」
拍子抜けした様子で、ラクトが言った。
「フフッ。ずいぶん、怖がってたね、ラクト」
「はっ!?ミトお前ちが……なに言って……怖がってねえよ!?ぜ~んぜん、怖くねえんだけど!」
――アアア~。
天井にランプを向けると、所々にコウモリがいて、皆それぞれ、合唱するかのように音を奏でている。
「じゃあ、この声……超音波なんだ」
「超音波?」
マナトが言うと、ミトが振り返った。
「うん。コウモリは超音波を発する。視界の利かない暗闇に適応した能力だよ」
「へぇ」
「コウモリは暗闇飛行、夜間飛行に特化することで、結果、生態系における鳥との生存競争を避けることに成功したといわれてる」
「マナトのいた世界にも、コウモリはいたんだね」
「うん。その音波の反響で、昆虫などのエサの追跡などもするんだけど……」
――アアアアアアア~。
その超音波の発する音色の、聞き心地のよさ。
……どこかで聞いたことがある気がする旋律だ。
コウモリ達の超音波が共鳴しながら奏でるその音色は、遥か昔、どこかで聞いたクラシック音楽を彷彿とさせる音律をしていた。
「すごいね、ヤスリブのコウモリ」
「僕たちも、この音色ははじめて聞いたよ」
ミトが言うと、ラクトもうなずいた。
暗闇に、コウモリの超音波の合唱が奏でられる。
「……生存競争を避ける、か」
ラクトが、ボソッとつぶやいた。
――アアアアアアア~。