第172話 空砲の音
「……終わったか」
俺はその場に倒れているギースを前に、小さく息を吐いていた。
モルンが言っていた一番の戦力。確かに、そう言われるだけの力が今のギースにはあったのかもしれない。
あの再生能力は、普通の人間が相手をした場合、結構面倒な相手になっただろう。上限がどれほどなのかは分からないが、再生速度は大したものだった。
しかし、どれだけ優れた再生能力が合っても、精神までは再生できなかったらしい。
ギースとは色々あったが、まさか他国でミノラルを潰すために力を蓄えていたとはな。
……まぁ、これだけの力でミノラルを潰すのは難しいとは思うが。
ピクリとも動かなくなった体をそのままに、俺はギースの元を離れて戦線に復帰することにした。
「少し離れているうちに、随分と片付いてきたな」
俺は、少し遠くからその戦線の状況を眺めていた。
大きな魔法による衝撃がどこかで起こったと思ったら、それが次々に広がっていく。おしらく、リリによる結界魔法の影響だろう。
次々に誘爆されていくように広がっていく光景は、中々圧巻なものだった。
そして、それから少し離れた所では土地が氷で覆われ始めていた。
時に走り回りながら、その土地をもはや別の世界のものに変えようとしているようだった。
氷系統の魔法を使えるドラゴンが舞い降りたとしても、ここまでの被害になることはないだろう。
こちらはポチによるものだろうな。
「……改めてみると、俺たちのパーティって凄いんだな」
一瞬、このまま見てるだけでもいいんじゃないかと思いながら、俺は念のために戦線に復帰した。
自分でこのエリアを受け持つといっておいて、いつまでも見学しているわけにはいかないだろう。
戦線に戻ってくるなり、俺の元に突っこんできた男たちの攻撃をかわしながら、俺は恐怖の感情から変換して漲らせた力を使うのだった。
「【感情共有】、【精神支配】」
「「「うわぁあああああああああああああああ!!!」」」
そして、すぐに俺周りにいた数十人の男たちが次々に倒れていった。
目を白めにしたり、口から泡を噴き出したりながら、拷問にでもかけられたような声で叫びながら倒れていく。
リリとポチと違うのは、周りの地形を壊すことなく次々に人が倒れていくこと。
【感情共有】の範囲外にいる人間からすると、その光景は異様な光景として映るらしい。
それは、例え頭のねじが数本飛んでいても、動物の本能として感じるらしい。
「あ、悪魔だ! 悪魔が出たぞぉぉ!!」
そんなふうに恐怖の感情を最大限に高めた状態で、逃走する男たちが次々に増えていった。
そうして、吸収した恐怖の感情を使って、また【感情共有】と【精神支配】のスキルを使用する。
そして、また恐れられての繰り返し。
……俺が悪者にしか見えなくなってきたのは、気のせいだろうか?
そんなこんなで、『道化師の集い』は次々にスキルや魔力の増強された男たちを倒していったのだった。
これ、本当に俺たちだけでエリアZ壊滅できるんじゃないか?
そんなことを本気で考え始めたころ、不意に後方から大きな空砲の音が聞こえてきた。
「あっ……モルンの方はもう終わったのか」
エリアZにいる実験体は全部で三段階までしかいない。
そして、三度の空砲はすでに鳴らされているということは、次に聞こえる空砲は五度の空砲。
王の首を取ったこと知らせる空砲だ。
その空砲の合図が、俺たちの戦線離脱の合図になる。
やはり、『モンドルの夜明け』を前線に固めただけあって、一気に王の首を取ることができたみたいだ。
俺は安心しながら、その二度目の空砲の音に耳を澄ませていた。そして、その余韻を待つまでもなく、三度目の空砲が鳴らされた。
そのまま立て続けに四度目の空砲。そして、五度目の空砲がーー。
「……鳴らない?」
四度目の空砲が鳴り終えた後、その余韻が十分に広がっても尚、まだ五度目の空砲が鳴らされていなかった。
空砲を鳴らすことに手間取っているのだろうか?
そんなことを本気で考えていると、重厚な門から新たな影が見えてきた。
「……聞いてないぞ、この展開は」
どうやら、そう簡単にこの戦いは終わらないらしい。