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 シェリーは今年で二十歳を迎える。
 通常遅くとも18歳までには結婚するゴールディ王国の令嬢としては、この歳で未婚というのは遅すぎる。
 しかし心からイーサンを愛していたシェリーは、王宮騎士であるイーサンが戦地から戻るのを待っていた。
 必ず生きて戻るという恋人の言葉を信じて。
 それが裏目に出てしまったのだ。

「でも……でも……」

 ついさっきまであれほど美しく明るかった空が、灰色に見える。

「どうしようもなにのですか?」

「ああ、王命とあらばどうしようもない」

 その言葉を聞いたイーサンが、ギュッと目を閉じて沈んだ声を出す。

「派閥争いですか」

「ああ、この時期で婚約者がいないというのは致命的だからな」

「第一王子の……側妃様の策略でしょうか」

「まあグリーナ国は側妃の故郷だから、そう考えるのは自然だが、噂によると本人は喜んでいるらしい」

「喜んでいる? ローズ様がですか? 彼女はアルバート殿下ととても上手くいっていたのに」

 第二王子アルバートの婚約者であるローズ・ミスティ侯爵令嬢とシェリーは貴族学園の同級生だった。
 婚約者といっても、今の話では元ということなのだろうが。

「ブロン王国皇太子との縁談だ。第二王子妃よりも未来の王妃と考えたのかもしれんな」

「そんな……」

 シルバー伯爵が続けた。

「ミスティ侯爵家は外交を担っていたから、二人は顔見知りだったのだそうだ」

 それから数分、重苦しい沈黙が流れた。
 涙を流し続けるシェリーの肩を抱くイーサン。
 そんな二人を悲痛な表情で見る両家の主達。
 ドアをノックする音が執務室に響いた。

「何事か」

 家令が顔を出した。

「お客様です。王家よりのご使者とのことで、近衛騎士隊長がお見えです」

「王弟殿下が?」

 四人が顔を見合わせた瞬間、ドアが大きく開かれた。

「前触れも無く訪問して申し訳ない。急用なんだ」

 四人は立ち上がり、この国の王弟であり、王宮近衛騎士隊長でもあるサミュエルに家臣の礼をした。

「どうぞお入りください」

 ブラッド侯爵の声は固く沈んでいた。

「此度の件、二人には気の毒な事だと思っている。王家に連なる者の一人として、心から詫びよう。申し訳なかった」
 
 本来なら、立場的に謝罪を受け入れ下げた頭を上げるように言うべきなのだが、その場にいる全員が何も言葉を発しなかった。
 数秒してフッと大きな溜息を吐いた騎士隊長サミュエルが言葉を続ける。

「君たちの結婚式はアルバート達のすぐ後に予定していたのだったな」

 ブラッド侯爵が答えた。

「そうです。王家の婚礼より前に執り行うことは遠慮したのですよ? 本当なら今頃二人は夫婦になっていたはずです! それなのに……」

 ブラッドが拳を握る。
 サミュエルが項垂れた。

「本当に申し訳ない……ただ、私も立場上役目というものがある。心を鬼にして言うが、先ほど口にした謝罪は私の本心であることはご理解願いたい。ここからは公人として申し上げる。シェリー・ブラッド侯爵令嬢は本日より王宮で過ごしてもらう。王子妃教育のためだ。そして私は……それを迎えに来た」

 イーサンが立ち上がった。

「お待ちください! 僕たちはたった今この理不尽な話を聞かされたところです! そんなの酷すぎる! シェリーをなんだと思っているのですか!」

 イーサンは一緒に立ち上がったシェリーを背中に庇うようにして、サミュエルの前に両手を広げた。
 サミュエルの後ろから近衛騎士たちがわらわらと駆け寄り、隊長を守るように囲む。

「待て、お前たち。イーサンの言うことが正しい。退出してくれ」

 サミュエルの言葉に騎士達は引いた。
 中にはかつてイーサンと共に戦場を駆けた顔もあった。

「イーサン、君の心情は……その悔しさは……計り知れない。同情することさえ憚られるほどだ。そしてシェリー嬢、そなたもさぞ悲しかろうな」

 シェリーはイーサンの上着を握って嗚咽を漏らした。
 イーサンが振り返りシェリーを強く抱きしめる。

「時間を……時間をいただけませんか」

「ああ。しかしそれほどの余裕は無いのだ。私が自ら迎えに来たのは王妃の企みを阻止するためだ。抵抗するようであれば有無も言わさず拉致して来いなどと言いやがったんだよ。あの女狐は」

「そんな……」

「だから私が行くと申し出た。せめて兄と私が申し訳ないと思っていることを知ってほしかった。阻止できない私の無力を笑ってくれ」

 誰も口を開かない。
 部屋に響くのはシェリーの泣き声だけだった。

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