第167話 作戦会議
「お疲れ様です、アイクさん。……少し引きましたかね?」
先程まで作戦の方針などが話し合われて、今はその休憩中。
俺たちが少し離れた机にいるのを気遣ってくれたのか、モルンが俺たちの方に様子を見に来てくれた。
「お疲れ様です。いや、そんなわけないでしょ」
作戦会議の前、俺たちはとある話を聞かされた。
この組織のメンバーが元実験体であったこと。そして、モルンの過去の話を。
「その割には、少し顔が強張ってませんか?」
「引いてるというよりも、驚いているって感じですよ。まさか、少し前までのスキルの重ね掛けの限界値、研究の一番の成功例が反モンドル勢力にいってことに」
「昔のことですよ。今は私よりも上の限界値の成功体もいるみたいですから」
どこか世間話でもするかのように、俺たちのいる席に腰かけて、モルンは諦めるようなため息を小さく吐いた。
「……まぁ、代償として、どこか頭のねじを飛ばすことになるんでしょうけどね」
話によると、モルンはこの国の貴族の家庭の娘らしい。それも今の王の政治を崇めるほどの陶酔ぶりだったらしく、ぜひ我が娘にご加護をと言って娘を研究に渡したとか。
それから、拷問に近いような実験を受けて、一時はこの国の最高傑作と言われていたらしい。
その最高傑作が王族に仕えているというだけで、周りに対する抑止力にもなっていたとか。
確かに、そんな人が王族に仕えていたら、下手にクーデターを起こそうと思わないか。
「サラ王女だけが、私のことを人間として扱ってくれましたよ。私だけでなく、この街の人間を実験体として見ないのは、サラ王女だけでした」
当時、非道徳的な実験を繰り返されたモルンの心は、崩壊寸前だったらしい。その状態のモルンを今の状態まで立て直してくれたのは、サラという王女の存在が大きかったとのこと。
どうやら、その王女が王族の中で、ただ一人だけまともな思考回路を持った人間らしい。
多分、その人間を失った時、この国は本当の意味で終わりを迎えるのだろう。
「今回研究対象にされた理由の一つとして、この国の王族として相応しい考えを持っていなかったから、というのもあるんでしょうね」
ぽろりと言葉を漏らしているモルンの言葉は、沸々と湧き出る感情によって所々声が裏返っていた。
それだけ、自分のことにように悔しい出来事なのだろう。強く握った拳が震えるモルンの様子を見ていると、自然とそう思えた。
「……私にもっと力があればよかったんですけどね。その場で助け出せるほどの力は、私にはありませんでした」
誰を呪うのではなく、自分の力のなさを呪うように、そんな言葉を口にしていた。
そして、最後は俺たちに気を遣うように、作ったような小さな笑みを浮かべていた。
あまり暗い話にならないようにと、気を遣ったのだろう。
泣いている方が自然な表情に、笑顔だけを張り付けたような表情。
表情を上手く作ることができなくなるほど、この国はモルンのことを追いこんだのだろう。
ただの実験の被害者になるだけでは飽き足らず、その子の大事な人の命までも奪おうとしている。
そんな状況を前に、当然何も思わないはずがなかった。
「それなら、今回の作戦は絶対に成功させないとですね」
「……アイクさん?」
俺が席から立ち上がると、モルンは疑問符混じりにそんな言葉を口にしていた。
そして、俺は先程まで作戦が練られていた机の前まで行くと、置かれている地図を眺めた。
「どうかされたんですか?」
「いえ、少しだけ気合いが入っただけです」
俺は答えると、地図上で並べられていた駒を動か始めた。
決戦となる王城と、そこから離れた所にある実験体の最高傑作達がいるとされている牢。エリアZ。
後者に人数を多く割り振るつもりで配置されている駒たちだったが、俺はそれを動かして一気に王城の方に向かわせた。
「アイクさん?」
「俺たちにできないことは、王の首を取ることです。他国の人間として、それはできません。なので、それは『モンドルの夜明け』にお願いしたいです」
駒を動かしていくと、エリアZにいたはずの『モンドルの夜明け』の部隊がいなくなった。
「代わりに、俺たちは俺たちができることをします」
俺はそのエリアZをとんっと指の先で弾くと、そのまま言葉を続けた。
「こっちは俺たちに任せてください」
エリアZにいる最高傑作。俺はそれらを『道化師の集い』だけで撃破する策を提案したのだった。