三十三話 叶わぬ恋
産まれてきて喜んだことなど、一度もない。
ただ受けてしまった生に、嘆いたことすら一度もない。
ただ、己は、己の母である神に、父である彼に、会いたかった。
そして願うことならば、その手でこの哀れともいえる存在を消して欲しかった。
「──後悔はしてませんよ」
穏やかに、とても落ち着いた声で、メニーは言った。
その目の前には先日屋敷で出会ったリックという名の処刑人がいる。
彼は捕らえられたメニーを前、無言で彼を見下ろすと、ただ一言「そうか」とだけ呟いた。メニーはその呟きに、そっと笑みを浮かべる。
「……ところで、処刑人さん」
「リックだ」
「では、リックさん。リックさんはオカーサンと婚約関係にあると伺いました。それは本当なのですか?」
「……ああ」
短い、それでいて素っ気ない「ああ」、だった。
メニーはより一層笑みを深めると、「お似合いとは言い難いですね」と本音をひとつ。何も言わぬリックに言葉を続ける。
「世界を創造した神様と、人を殺す処刑人。それらが婚約関係にあるだなんて……まるで作り話のようじゃありませんか?」
「……もう直死ぬ貴様には関係のないことだ」
「いえいえ、関係はありますよ。なんたって、オカーサンは僕のオカーサンですから」
にこりと笑えば、リックは無言に。呆れたといわんばかりにため息を吐き出すと、「俺たちは名ばかりの婚約者だ」と言ってのけた。
名ばかり。なるほど。
メニーの笑みが益々深まる。
「名ばかりなら、そこに恋情はないと……そういうことですね?」
「……」
「……おや」
これは驚いたと言いたげに、メニーは目を瞬いた。無言で、どこかムッとした様な彼の態度からは、到底愛しき母に対する恋情がないとは言いきれない。寧ろ、大変に好意を持っているようであるが……。
「……処刑人さんは」
「リックだ」
「……リックさんは、もしや、本気でオカーサンのことが好きなのですか?」
「……だとしたら何だという」
「おやぁ……」
それはそれは、と、メニーは笑った。笑って、「叶わぬ恋、というやつですね」と言ってのける。リックの不機嫌さが増した気がするし、なんなら室内の気温が若干下がった気がするが、それを無視してメニーは続けた。笑って、続けた。
「好きならば、好きと伝えるのが、一番なのでは?」
「……無理だな」
リックの言葉に、「なぜ?」と一言。
不思議そうなメニーに、処刑人の隊長はこう告げる。
「彼女には、想い人がいる」
「……」
メニーはもう一度、「叶わぬ恋ですね」と、そう言い笑った。