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これだから、男は! でも男がいいの……。


「い、いつからなの……? オレがアンナだってことを知ったの」

 頬を赤くして、そう問うのは。口調だけが男っぽいツインテールの美少女。
 たぶん周りにいる野次馬たちも、彼を女だと思い込んでいるだろう。

「ウソだろ? あの子、女だろ?」
「私より可愛いんだけど!」
「いや……あれで男なら、むしろ興奮してきた」

 最後のやつ、マジで便乗してくんなよ。

 辺りはざわついてたが、俺はそれを無視し、ミハイルの瞳を見つめ真面目に答える。
「最初からだ、一年前にこの博多で。確かに可愛いらしい服を着ていたから、一瞬、別人だと思ってしまった。誰よりも可愛かったからな」
「そ、そうなんだ……」
 俺の答えを聞いて、怒るわけでもなく。恥ずかしそうに視線を地面に落とす。
 
「でもすぐに、お前だと気づいたよ。この世でミハイル以上に、可愛いと思った人間はいないからな」

 今の俺は、どうかしているのかもしれない。
 恥ずかしいセリフを、すらすらと口から発している。
 ミハイルも俺の変貌ぶりに、驚きを隠せない。

「なっ!? そ、そんなこと、こんなところで言わないでよ……」

 そう言われたが、俺が止めることは無い。
 だって、これからもっと恥ずかしいセリフを連発するだろうから。

「悪い。でも今ここでお前に伝えないと。また離れてしまいそうな気がするから……」
「そんなにオレが良いの? なんで……タクトが言ったんじゃん。『女だったら付き合える』って! だから、オレ。いっぱい頑張ったのに」

 唇を嚙みしめ、スカートの裾を掴む。
 アンナではなく、ミハイルを選んだことに憤りを感じているようだ。
 その怒りは更に、ヒートアップしていく。

「妹のかなでちゃんに教えてもらって。タクトが好きな声優のYUIKAちゃんが着ているファッションやメイクとか……髪型だって勉強したんだ! 喋り方もタクトが好きそうな女の子に変えたんだゾ!」
「ああ……わかっている。ずっと見ていたからな」
「じゃあ、なんでなの!? 男は嫌だって言ったじゃん!」

 気がつくとミハイルの瞳は、涙で溢れていた。
 興奮しているのか、俺と距離を詰めて、拳を作っている。

「そうだ。俺はお前の告白を断り、『女じゃないと付き合えない』と言った」
「ならどうして……アンナにしてくれないの? オレ、なんか間違えた? タクト好みにしたつもりだったのに……」
 そう言うと、俺の胸をポカポカと叩く。
 だが俺は敢えて、そんなミハイルに手を貸さず、自分の気持ちを伝えることにした。

「確かに完璧な女の子だった。俺好みのファッションに、話し方。最初のデートから俺は、アンナに釘付けだった。毎回、取材するのが楽しみで。世界が変わった。何も無かった俺という人生を変えてくれた」
「……」
 どうやら、黙って話を聞いてくれているようだ。

「だが、それは元となるミハイルがいたから、成立する世界だ。それを知ったのは、お前が絶交してくれたからだ。ダチとしてな」
「オレが、タクトと絶交したから?」
 潤んだ瞳で俺を見つめるミハイル。

「そうだ。絶交されてようやく気がついた。俺にはお前が……ミハイルが必要だと。いなくなって、世界が真っ暗になってしまったんだ。食事は味がせず、喉も通らない。今まで好きだったものでさえ、何も楽しめない。感じない。ただの闇だ」
「オレがいなくなっただけで?」
「ああ……もちろんアンナも好きだ。でもそれよりも大事なのは、好きなのはお前だ。ミハイル。それを伝えたかった」
「男のオレでいいの?」

 その質問を待っていたと言わんばかりに、俺の心臓が高鳴る。
 ここでしっかり決めないと……。
 深呼吸をした後、俺はミハイルの頭にゆっくり手を回す。

「そうだ。男のミハイルで……いや、ミハイルがいいんだ。だからもう、こんな格好しなくてもいいだろ」

 俺は彼のツインテールを片方掴み、勢いよく引き剝がす。
 カツラを取れば、ミハイル自慢の美しい金髪がサラリと流れてくる……と思っていた。
 ショートカットにしていたが、たぶん今着ているガーリーなファッションも似合うだろう。
 しかし、俺の勉強不足だった……。

「「あ……」」

 ヅラを取った瞬間、二人して声を合わせる。

 尼さんのようなスキンヘッド……ではないが。丸くて黒い頭。
 きっとカツラがズレないように、地毛をまとめるネットだ。

 ツインテールのヅラを片手に、その場で固まる。
 これは、ネットを外せばいいのだろうか?
 でも、うまいこと髪型を、きれいに整えられるかな。
 またヅラをのせるか? う~ん、わからん。

 そんなことを一人で、考えていると。
 当の本人は、顔を真っ赤にして、視線を地面に落としている。

 ヤベッ……またしくじった。

  ※

 どうしていいかわからず、お互い固まっていると。
 俺たちを見ていたギャラリーの中から、女性の声が聞こえてきた。

「ちょっと! あんたさ、なにしてんのよっ! 女の子に恥をかかせて!」
「え?」

 振り返ると、ビジネススーツを着たお姉さんが、眉間に皺を寄せている。
 頼んでもないのに、ズカズカとこちらへ近づき、俺が持っていたミハイルのヅラを取り上げる。

「貸しなさい!」
「いや、それはこいつのヅラで……」
「ヅラじゃなくて、ウィッグていうのよ! あんたね、この子に告白するみたいだったけど。なんでウィッグを外したのよ!?」
「そ、それは。こいつの地毛が見たくて。でも中がネットだとは思わなかったので……」
「バッカじゃない! ウィッグにはネットが必須なのに。これだから、男はデリカシーがないのよ!」

 なんで俺が今、めっちゃ叱られないといけないの?
 それにミハイルも男だって。

「もういいわ! 私、こう見えて美容系のお仕事しているから。この子の髪型もメイクも地毛だけで、可愛くしてあげる!」
「い、いや……そんな悪いですよ」
「うるさいわね! 男は黙ってなさい! ちゃんとこの子に告白したいんでしょ? なら準備ぐらい、させてあげて!」
「はい……」

 だから、なんでミハイルが女の子扱いなの?

 その後お姉さんの部下たちが近くにいたようで、3人でミハイルを取り囲む。
 ウィッグとネットは紙袋に入れ、大きなポーチを取り出すと。
 みんなでミハイルに、どんな風に仕上げるか尋ね始める。

「ビューラー使う?」
「口紅の色はどれが良い?」
「チークは?」

 おいおい、女装を解除というか。
 アンナからミハイルへ、解放させるつもりが、また女の子化してるじゃん。

 残された俺は離れた場所で、ミハイルの準備が終わるまで、じっと眺めていると。
 自称、美容系のお姉さんに怒鳴られる。

「ちょっと! なに見てんのよ! 女の子のメイクを見るなんて、最低よっ!」
「すみません……」
 仕方なく、ミハイルに背を向けると。
「もう、これだから。男子はっ!」
 と吐き捨てられた。

 あいつも男なんだけどなぁ……。

 ミハイルの準備が終わるまで、俺は反対側を向いてないといけない。
 つまり、たくさん集まっている野次馬たちと目が合う。
 気まずい……。

 そこで一人の少年が、俺に声をかけてきた。

「なあ! さっきは悪かったよ」
「え?」
 見れば、学ランを着た真面目そうな高校生だ。
「さっきその……お前にホモって言っちゃったの。俺なんだ」
「ああ。もう、いいさ。告白は出来そうだし」
「俺、お前の男らしい告白を見ていて、ホモって言ったこと。情けなく感じたよ」
「は?」
 この少年は一体なにを言いたいのだ。

「実は俺も昔から好きな人がいて……でも、相手は同性で。彼女を家に連れ込むリア充で、それを見ていたら毎日イライラして」
「そ、それが?」
「実の兄貴だから、諦めていたんだ! でも、お前の熱い告白を見て勇気が出たよっ! 俺もお兄ちゃんにこの想いを、伝えようと思う!」
「えぇ……」

 こっちはブラコンか。
 でもその関係なら、想いは伝えない方が良いような……。

 止めようとしたが、彼の決意は固いようで、嬉しそうに拳を突き出す。
「ありがとな! お互い、頑張ろうぜ!」
 仕方ないので彼の拳に、自身の拳を合わせる。
「そ、そうだな……」

 俺のせいで、無垢な少年を焚きつけてしまった。

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