十三話 拾い物と調査依頼
「アスフォード、ペペット。久しぶりだな」
数十分の時間をかけ広々とした屋敷に戻れば、水の色の着物を纏うリレイヌに迎えられた。傍らにイーズを連れた彼女は朗らかに微笑むと、駆け寄るメーラを撫でて微笑。アルベルトとメニーに「おかえり」と迎えの言葉を口にする。
「「ただいまです」」
揃った二つの声に、彼女は笑った。
「……さて二人とも。皆が世話になったな。礼を言おう」
「なんの。主様の子供たちを守るのも我々レヴェイユの役目というモノ。礼など不要にございマス」
「そーですよ! お礼なんていいんで! てか、主様正装ですけどお出かけですか?」
リレイヌは己の姿を見下ろしながら、「ああ」と一度頷いた。
「レヴェイユの方に用があってね。リオルやコトザと会うから一応……」
「道中護衛します!!!」
「転移魔法使うつもりだったんだが……」
「護衛します!!!」
「……なら、馬車で行こうか」
振り返ったリレイヌに、イーズが一礼。どこぞへ歩いていく彼は、恐らく馬車の手配に向かったのだろう。
出来た従者だと、メーラ以外の誰もが思った。その行動力を見習わねばと、リレイヌの守護役を務めるアルベルトは密かに意気込む。当然、レヴェイユ組みも意気込んだ。
「……ところで先程から気になっていたんだが、その子供は?」
妙な決意を抱く者らを止めんと、リレイヌは話をかえるようにペペットに捕らえられた子供を見た。子供は静かにリレイヌの瞳を見返している。
「見たとこ普通の子供だが、何処から連れてきたんだい?」
「街中で見つけて……え? 普通の子供?」
キョトンと目を瞬く一同に、リレイヌはこくりと頷いた。「少し気配はあれだが普通の子だ」と繰り返す彼女に、皆は顔を見合せ沈黙。そろりと連れてきた子供を見て黙り込む。
「……こういう場合はなんと言うんだったかな? あー、元いた場所に返してきなさい?」
「た、ただちに……」
「うむ。ああ、アスフォード。話があるから残ってくれ。アルベルト、かわりにペペットについて行っておやり」
かしこまりました、の声が響く。
にこやかなアルベルトとは対照的に、ペペットやアスフォードの顔は青ざめていた。
◇◇◇◇◇◇
「──調査、デスカ……」
連行してきた子供をただちに元の場所へと返しに行ったペペットとアルベルトを見送り、リレイヌとアスフォードの2人は屋敷内に存在する彼女の執務室へと訪れていた。他の子供たちはいない。大事な話だからと下がらせたのも原因だ。
馬車の手配を終え戻ってきたイーズがテキパキとお茶の準備をする姿を横目、アスフォードは調査依頼を出してきた己の主君を見やる。リレイヌはそんな彼に、「難しいことではないよ」と微笑んだ。
「調査依頼といっても人の噂話というものを調べて欲しいだけだ。そう構えることは無い」
「それは、はい、まあ……しかし、珍しいですネ。主様がレヴェイユを介さず直接我々に依頼などと……」
「極秘で動いて欲しいからね。リオルたちには気付かれずに」
さらりと宣った彼女であるが、それは些か無理難題ではないのだろうかとアスフォードは考える。
リオルといえば、組織レヴェイユの最高責任者。謂わばトップだ。レヴェイユ幹部への基本的な指示は彼か、最高司令官であるリレイヌから飛ばされる。上層部でも時々指示出しはするが、彼らの指示にそれほど大きな効力はない。それはまあ、ここだけの話だが……。
話を戻すが、リオルはレヴェイユ内のことで知らないことなどないのではなかろうかというほど、組織のことを知り尽くしている。極秘で調査しても勘づかれるのは容易いだろう。それだけ、彼は、見ているのだ。組織のことを。幹部のことを。誰よりも長く、ずっと。
「……まあ、主様の命であるならば、やらないことはないんですがネ」
アスフォードの、若干困ったようなセリフに、リレイヌが微笑んだ。「ありがとう。助かるよ」と柔らかに告げる彼女に、アスフォードもまた笑みをこぼす。
どんなに無理な話だとしても、彼女に頼まれたならばやらないことはない。それほど、レヴェイユという組織の中で、彼女の存在は偉大なのだ。彼女に救われた者が多くいるそこで、彼女に従わない者など存在しない。
「……で、何の噂話を調べれば良いのデス?」
話を戻さんと一言。リレイヌがチラリと背後に控えるイーズを見て、その視線を受けたイーズは一礼してから口を開く。
「人喰い病の噂です」
「人喰い病?」
「はい」
そこで区切りをひとつ。
「今現在ウチにいるメニーと同様の症状を持つ子がいないか、調べて欲しい。調査範囲は聖地だけでもいいが、できるならそれ以外の場所の調査もしてくれると助かる。これはメニー自身の調査とは別物だ」
「なるほど……」
わかりましたと、彼は頷く。
「できる限り早く結果を出しマス。主様もそれをお望みでしょうしネ」
「話がはやくて助かるよ」
机上のカップを手に取り、それに口付けたリレイヌは一拍沈黙。
その顔から表情を消し「頼んだよ」と告げる彼女に、アスフォードは立ち上がり、一礼した。