四話 身体調査と研究班
組織レヴェイユの二階には、様々な隊の部屋が存在する。
例えば情報班。文字通り情報に関する仕事をする班。
例えば連絡班。多くの場所や組織連中と連絡のやり取りをする班。
例えば配送班。多量の荷の送迎を幅広く行う班。
他にも特攻班やら医療班やら潜入班やらがあるが、そこは割愛させていただこう。
今回彼女たちが訪れるのは、組織の頭脳、研究班が集う部屋だった。部屋というには些か機械や実験材料の多いそこは、言ってしまえば研究所のようなものだろう。
リレイヌを先頭に、見えた扉を押し開き中へと入れば、一斉に向けられる屋内の視線たち。その大半が白衣を纏う研究者らしき者たちのモノで、中には実験材料であろう生物のモノも存在していた。恐ろしい。
思わず表情を無くしたメニーをよそ、「どうも」と挨拶してみせたリレイヌに、ガタガタッと音を立てて座っていた者が立ち上がる。そして、全員揃って一礼。顔を上げ、また作業に戻った。
何事も無かったかのような態度で実験を続ける研究者たちに、メニーはつい冷めた視線を送る。
「主様! お久しぶりです!」
と、奥から一人の男がやって来た。黒い髪を適当に結い上げた彼は、この屋内では珍しくスーツを纏っている。
青いシャツに、白いベストを纏った男だった。ベストと同じく白いスラックスを履いた彼は、キラリと輝く、先の曲がった細長いピアスを耳につけている。そして、顔には暗い青色の、狐のような、はたまた犬のような生物の仮面を装着していた。
顔の見えない男に、メニーは眉を寄せる。その視線に気づいたのか、晒された口元に笑みを浮かべた男は、「こちらの方は?」とリレイヌに視線を向けた。
「メニーだ。今日会った。ちょっとこの子の検査をしてもらいたくてね。ここに来たんだが……」
「検査ですね。上から聞いてます。……っと、そういう訳なので、君、着いて来てもらえるかな?」
促すような男から、メニーは逃げるようにリレイヌの背後へ。なんとか隠れようと背を丸めて縮こまる姿に、男は「おや……」と困ったような声を発す。
「怖がらせちゃいましたかね?」
「仮面のせいでは?」
「それは遠回しにこれを取れと言っておられますか、イーズ様」
ムリです死にます、と返す男を前、リレイヌはメニーを振り返った。そして、「検査だけでも受けてくれ」と一言頼む。
「……検査は嫌いです」
「そうも言ってられんだろう。病を治すためなんだぞ」
「……」
渋々と前に出たメニーに、男はホッと笑った。そしてメニーの視線に合わせるように背を丸め、片手を差し出す。
「レヴェイユ研究班副隊長のアイダです。よろしく、メニーさん」
「……ヨロシク」
挨拶こそするものの、差し出された手を取らぬメニーに、アイダと名乗った男は肩を竦めた。そして、まあいいと、メニーを誘導して奥の方へ。「血液採らせてもらいますね」などと言って必要な道具を揃えていく。
「……ウチのアイダに警戒を抱くとは、中々人を見る目がある子じゃないか」
笑みを消し、ただ無表情を貫くメニーを眺めていたら、そんな声がリレイヌとイーズの耳に届いた。振り返った二人の視線の先、短い茶の髪を持つ、メガネの女性が映り込む。赤い瞳に、尖った八重歯が美しい女性だった。
赤を基調としたドレスのような衣服に身を包んだ彼女は、研究者にしては歩きにくそうな赤い、ヒール付きの靴を履いており、ドレスの上からは袖の長い白衣をまとっている。
よくよく思うが本当に、ここの研究者は自由な服装だ。研究の妨げにはならないのだろうか。
思考しながら、リレイヌは女性に挨拶する。女性もまた、そんなリレイヌに一礼。挨拶を返した。
「しかし久しいな、ウーリア博士。また研究に没頭して部下を困らせてたんじゃないかい?」
「まさか。困らせてたのはアイダだけさ。と言っても、アレも私と同じく毒薬作りに勤しんでいたがね。そうだ、イーズ様。新薬のモルモットになっていただけないかな? 前に飲んでもらった薬は苦いとの事だったので今度は甘みを含んだ薬を作ってみたんだ。きっと気に入ってくださる」
「こら。さり気なくウチの従者に毒を盛ろうとするな」
呆れた眼差しを向ける主にクスクスと笑い、女性、ウーリアは採血の終わったらしいアイダを呼んだ。アイダは採った血を他の研究者へ渡すと、軽く指示を出してメニーと共にこちらに戻ってくる。
「博士、生きてたんですね」
「仮面を取られたいか、アイダ」
「失礼しました」
即座に謝ったアイダは、「検査結果は後ほど主様宛に送らせていただきます」と一言告げた。リレイヌはそれに頷くと、また己の背後に隠れたメニーを一瞥。何事も無かったように二人の研究者へと視線を戻す。
「とりあえず、検査の方は頼んだ。出来るだけ早く結果をくれると有難い」
「重要案件だと伺っておりますのですぐにでも」
「悪いな。あと君たち、研究もいいがちゃんと休息はとれよ」
はーい、と屋内に複数の返事が響いた。それぞれが大きく丸を作ったり、頷いたり、親指を立てたりしている様を視界、リレイヌは「それじゃあ」と踵を返す。そんな彼女を引き止めたウーリアは、軽い触診をするようにリレイヌの首に手を触れた。小さな鼓動が、手のひらから伝わってくる。
「……なにしてる」
「いや、たまには健康診断もいいかなと思ってね」
告げたウーリアは、リレイヌから手を離した。そして「近々またウチに来てくれ」と口端をあげる。
「主様の検査もしておきたい。なに、医療班の手も借りるから立派な健康診断さ。研究じゃないから安心してくれ」
「……私の検査をしてどうするよ」
若干嫌そうな彼女に、「必要なことだ」とウーリアは一言。「アイダ、見送りを」と告げ、彼女はそそくさと部屋の奥に引っ込んでいく。
「……相変わらずだな、彼女は」
「いいじゃないですか、健康診断。僕は賛成ですけどね」
「じゃあイーズも道ずれで」
「喜んで」
他愛ない言葉を交わし、「見送ります!」と笑顔のアイダに文字通り見送られた三人は廊下へ。次は調理班の所だなと、一階に向かった。