プロローグ
はじまりとは突然であり、終わりとは必然である。
それは、16年という月日の中、彼が得た初めての理だった。
長い年月をかけ、ようやっと辿り着くこと叶った聖地と呼ばれる一つの街。神が住むと噂されるそこは、神域に分類される、数多に存在する世界の数に比べれば遥かに少ない神聖なる場所である。
──聖地、カルナーダ。
石造りの、これぞファンタジーと言えるような白い街並みのそこは、まるで別世界のようだった。
揺れ動く光の礫を閉じ込めた、アンティーク調の街頭。行き交う異形の者は獣族でも人間でもなく、不思議な姿形をしている(もちろん、中には人間や獣族もいた)。
花壇の傍を歩けば、蕾だった花がふわりと咲き誇り、飛び出た光が上空へ。踊るように昇っていくその様を、毛先が赤い、短めの白い髪を持つ少年は静かに見つめ、止めていた足を動かす。彼が歩く度に、頭に乗った赤い帽子の飾りである黒いリボンと、彼の纏う漆黒のポンチョ風コートの裾が揺れていた。
「それでよー」
「ははっ、なんじゃそら」
会話する獣族の横を通り過ぎる。
「リンゴを一つ」
買い物をする異形の後ろを通り過ぎる。
「お花いかがですかー」
街中で花を売る少女の前を通り過ぎる。
通り過ぎて、通り過ぎて、通り過ぎて、通り過ぎて……。
そうして暫く歩いた少年は、ふと、足を止めた。彼が目を向けた先、一人の美しい少女がいる。
艶やかで長い黒髪に、滑らかそうな白い肌。ガラス玉のように透き通る青い瞳に、赤いブラウスとブラウンのスカートに包まれた、小柄で豪奢な体躯。
生きているのか、どうなのか。疑いたくなるほどに、あまりにも、美しい少女だ。
人は美しいモノを人形と定めることがあるとされるが、まさにそれだなと、少年は思い、同時に高揚した。探し物がようやっと見つかったと、彼は左右で色の違う、垂れた瞳を僅かに細め、そうして少女の傍に寄ろうと足を動かす。
はやく、はやく、はやく、はやく。
本能が彼女を求めていた。
「ご主人様ぁ〜!」
と、そこに響いたやけに明るい男の声。ピタリと足を止めた少年の前方、少女に駆け寄る男がいる。
スーツを身にまとった、短い白髪を揺らす男だ。
赤いストライプ入りのシャツに黒いベスト。黒いスラックス。ベストには金色の金具で装飾品が施されており、見た目的に高価そうだなという感想を抱かせてくれる。世間一般で言う金持ちだろうか。
そんな男の左耳には黒いトカゲのイヤーカフスが存在していた。赤い瞳のそれはまるで闇に溶けてしまいそうな程暗い色だ。
そして首には不可思議な色合いを持つ宝石の着いたチョーカー。瞳は宝石と同色で、青みがかった、はたまた緑がかった色合いだ。一体何処の国で産まれたらこのような瞳を持つのだろうか……。
考える少年の前、男は尾を振る犬のように「探しましたよ、ご主人様っ!」と少女に寄る。少女はそれを苦笑気味に見つめると、「存外はやかったな」と、見た目に反して大人のような口調で言葉を返した。
「あったりまえですよ。ボクは見つけるのも追うのも得意なんですから! あ、荷物お持ちしましょうか?」
「いい。既に屋敷に送った」
「それはそれは」
笑う男の顔から笑みが消え、鋭い視線がこちらを見る。長らくの間目を向けていたことがバレてしまったようだ。向けられる殺意に笑みを浮かべ、少年は2人の元へ。即座に少女を背後へと隠す男を一瞥し、特に警戒の色を浮かべる訳でもない少女に顔を向ける。
「コンニチハ」
「はい、こんにちは」
挨拶は返された。つまり会話はしてくれるようだ。
ならば好機と、少年はまた一歩前へ。男が素早くそれを止め、「ご主人様に近づかないでもらえます?」と低く唸った。
まるで獣だ。少年は笑う。
「わかりました。近づきません。でもお話はさせてください。僕、ずうっと探してたんです。この人を。この方を──」
やっと見つけた。
少年は告げる。
「僕の、オカーサン」
物語が、始まった。