第144話 粛清
ワルド王国の王城にて、俺はイリスに変装して侵入することに成功した。
そして、今は謁見の間でワルド王国の王と向かい合っている。
ここからは、少し演技をする必要がありそうだ。
俺は短く息を吐いて心を落ち着かせた後、この役になりきることにした。
「ここまで運んでくれてありがとうございます。無事に、王城に侵入することができました」
隣にいるレオルドに頭を下げると、レオルドは言っている言葉の意味が分からないと言った様子できょとんとしていた。
当然だ。突然、そんなことを言われて理解できるはずがない。そんな反応にもなるだろう。
しかし、そんなレオルドの反応と王様の反応はまるで違っていた。
「貴様っ、レオルド……裏切ったのか?」
「ち、違います! 私はこんな男のことなど知らない!」
怒りに震えた鋭い眼光を向けられたレオルドは、慌てて訂正するようによろけながら王に近寄ろうとした。
しかし、すでに反逆者の烙印を押されている男が近づくことを、周りにいる騎士たちが許すはずがなく、一斉に鞘から剣を引き抜かれてしまっていた。
向けられている切っ先はレオルドだけでなく、俺にも向けられているようだ。
どうやら、侵入者である俺も、レオルドと同じ反逆者の一味とみなされているかもしれない。
「おっと、近づかないでください」
俺は長い指を使ってぱちんと音を鳴らすとともに、【肉体支配】のスキルを使用した。
その音に反応するように生じた赤いバルーン。それは部屋の中に一定間隔で並び、何をするわけでもなく浮いていた。
初めからそこにあったかのように生まれたバルーンの存在に、王や騎士たちは戸惑いを隠せない様子だった。
そして、その戸惑いが収まるよりも前に、そのバルーンは突然割れて、それと同時に体の支配権を俺に渡してきた。
「か、体が動かんっ」「な、なんだこれは?!」「どうなっているんだ?!」
この騎士団の強さ自体は分からないが、イリスの別荘を襲ってきた盗賊たちと同じくらいなのかもしれない。
数十人いる騎士団を相手に、肉体を問題なく支配することができるか不安だったが、問題はないようだ。
以前、裏傭兵団にかけたときに振り払われたことがあったので、少し心配だったが、今回はそんなことはない。
自分の意思通りに体を動かすことができるのは、この中で俺一人。当然、隣にいるレオルドも体を自分の意思で動かすことはできない。
「い、今のスキルって……」
しかし、俺と盗賊たちの戦いの一部始終を見ていたレオルドは、驚くように見開いた目をこちらに向けてきた。
さすがに、見た目が俺と違い過ぎるから問題はないと思うのだが、何か言いたそうな顔をしているな。
……
「下手に動いたら、この男と同じ未来が待ってますよ」
俺は新たに手に入れたスキルを使用しながら、動けなくなったレオルドの額の前に手をかざして、【精神支配】のスキルを使用した。
何かしゃべられたら面倒だし、気を失っていてもらおう。
そんな考えから、軽い気持ちで【精神支配】のスキルを使用した。
「う、うわあああぁぁぁ!!」
しかし、そんな俺の考えに反するように、レオルドは大きな悲鳴を上げていた。
恐怖心を一気に跳ね上げられて、その恐怖で顔を歪めながら。
まるで、気が狂う一歩手前のような焦点の合っていない、人に見せてはならない顔。
そして、そんな顔をした後、そのままこてんと気を失って地面に倒れた。
あ、あれ? 効きすぎた?
極力、力を抑えて【精神支配】のスキルを使用したのだが、思った以上にその耐性がなかったのかもしれない。
……断末魔みたいな悲鳴だったな。
「ひ、ひぃっ」
その瞬間、先程発動したばかりのスキルによって、力がみなぎってきたのが分かった。
【感情吸収】。他者の恐怖の感情を自らの力に変換、それに伴って幻覚などを見せるスキル。
つまり、他者の恐怖感情を高めれば高めるほど、自分の力が増強されるというもの。
だから、少しでも恐怖を煽れるような姿に変身しておいたのだった。
これからやることは、ワルド王国に対しての脅し。そのためには、少しでも俺のことを怖がってくれておいた方がいい。
そう思って、そのスキルを発動させておいたのだが、なんだが騎士たちが俺に向ける視線が、人間に向ける視線ではなくなってしまった気がする。
先程の異常に怖がったレオルドと、その様子を見ていた騎士たちの恐怖の感情が煽られてらのか、その感情が俺の力に変わっていくのが分かった。
そして、おそらくそれに合わせて俺のことも、何か恐怖の対象として見ているのかもしれないけど……そ、そんなに怖がらなくてもいいのでは?
裏傭兵団と戦ったときに【クラウン】を発動させた後、また何個か新しいスキルを手にしていた。
今使っているスキルは、比較的害が少なそうなスキルなのだが、これだけ周囲を脅えさせるスキルなのに、本当に害がないと言えるのだろうか?
もしかしたら、考え直す必要があるかもしれない。
「な、ななな、何が目的だ!」
王は何とか威厳を保とうとしているのに、震えすぎている声を発していた。
……これからすることを考えたら、もう少し脅えていてくれた方がいいかもしれないな。
俺はそんなことを考えて、王の方に極力冷たい視線を向けることを心掛けた。
「あなた方が女の子に悪さをしようとするから、粛清に来ました」
俺はせっかくの雰囲気を壊さないように、淡々と冷たい口調でそんな言葉を口にしたのだった。