第132話 ハンス流の尋問
「今回の尋問はアイクさんやらないんですか?」
「まぁ、今回は事情が事情だしな。やるとしても、もう少し経ってからかな」
以前にイリス達を襲ってきた盗賊団を無事に確保して、その確保された盗賊団は絶賛尋問中だった。
しかし、今回の尋問を担当するのは俺ではない。なので、俺たちは中断してしまった食事を食べ終え、食休みをしていた。
リリが盗賊団を一瞬で倒してくれたこともあり、その後の捕縛もすぐに完了することができたので、料理が冷める前にまた食事を再開することができたのだった。
「今回は相手が相手だから、ハンスさんに任せることにするよ」
馬車の中にいるのは俺とリリ、ポチとイリスの四人だった。
盗賊団を捕まえた後は、尋問に必要な人員以外は各々食事に戻ることになったのだ。
そして、食事を食べ終えて結構な時間が経つが、まだハンスは戻って来ていなかった。
尋問に難航しているというよりも、多分他の理由なのだろうと思う。
これから朝が来るまで時間はたっぷりあるのだ。以前、イリスを襲われたときに感じた不甲斐なさや怒りという感情を、全力でぶつけるには足りないかもしれないが、多少気を晴らすくらいの時間はあるだろう。
ただの私的な感情で盗賊団に手を出すのはよくはないかもしれない。それでも、彼らのしたことは犯罪で、それの被害に遭った人たちの心を汚したのだ。
その罰くらいは受けるべきだし、ぶつけないと癒えない感情って言うのもあるしな。
「遅くなりました。少し時間がかかってしまい、申し訳ありません」
戻ってきたハンスは特に肩で息をしているということもなく、いつも通り平常心を絵に描いたように落ち着いた表情をしていた。
「いえいえ、そんなことは。むしろ、俺たちだけ休んでいて申し訳ないです」
ただ一点違うことは、先程までしていたはずの白い手袋を今はしていないというくらいだ。
この短期間で手袋を失くすことないだろうし、多分汚してしまったのだろう。
何色に汚してしまったのか。手袋を汚すほど何をしていたのかは聞くべきではない……聞いてはならない気がした。
リリがティーポットに入れていたお茶を注いで、ハンスに渡すと、ハンスはそれを受け取って勢いよく数口呑み込んだ後、短く息を吐いた。
どうやら、まだ内心は落ち着ききっていないご様子。
ハンスはもう一口だけお茶を口にしてから、そっと口を開いた。
「聞くことのできた情報は、主にミノラル周辺で襲ってきた盗賊たちと変わりありませんでした。ただ、彼らはミノラル周辺ではなく、ミノラルと他の都市の間で待ち伏せをするようにと言われたらしいです」
「他の都市との間ですか?」
どこかの都市で待機させるわけでもなく、ミノラルから他の都市へ向かう道中で張らせる。
ということは、まだ俺たちが向かおうとしている場所はばれていないはずだ。
そして、そんなふうに盗賊を色んな所に散らばさせる理由があるということ。
「……捕まった盗賊の情報から、俺たちの居場所を割り出そうとしているんですかね?」
「おそらくは。盗賊曰く、盗賊はみな一定間隔でワルド王国に信号を送っているようです。その信号が途切れると、異変が起きていると判断するとか」
盗賊団は捕まったら何か信号を送ることはできなくなる。それなら、常に信号を送る形を作っておいて、それができなくなることで俺達と接触したことを明確にするということか。
「ちなみに、その一定時間というのはもう過ぎたんですか?」
「はい。残念ながら……本当に申し訳ございません。私がもっと早く奴らの口を割らせることができていれば」
「いえ、俺ではその情報を引き出すことはできなかったかもしれません。それに、ミノラル周辺で捕まえた盗賊たちからの信号が途切れた時点で、すでに方向はばれていたでしょうし」
人海戦術で俺たちの場所を炙り出して、それから一気にこちらに畳みかけてくるという作戦か。
つまり、それだけの作戦を実行できるほどの要員を、ワルド王国は抱えているということになる。
それも、表向きの戦争とは別で動ける別働隊として確保している。果たして、本当にワルド王国だけなのかは怪しいがな。
後ろ盾をしている国がどれだけいるのか、そこからどれだけの要員が動かされているのかは、今考えても仕方がない。
それよりも、思った以上に本格的な作戦を敷かれていたことに驚きだ。
これは想像以上に、俺たちと数の差があると思っていた方がいいな。
「とりあえず、今は動けないので、日が昇り次第ここを離れましょう。今できることは、追加で情報を吐かせるくらいなので……いちおう、俺も盗賊たちのところに行ってきます」
「では、私が盗賊の所まで案内いたします。リリさんはこちらでイリスをお願いします」
「あっ、分かりました」
正直、あまりイリスの前から離れたくはないが、ここで必要な情報を聞き漏らすわけにはいかない。
俺がミノラルを出てすぐに出会った盗賊に、一定間隔で合図を送っていることを聞き出せなかったように、ハンスが聞き漏らしたことがあるかもしれない。
数で負けているのなら、最低限の情報くらいは持っておかないと不安だしな。
それに、イリスのことはリリが見ていてくれれば大丈夫だろう。
そんなことを考えて馬車から下りてハンスの後ろをついていくと、ハンスが申し訳なさそうな口調で言葉を口にした。
「アイクさん。おそらくですが、これ以上情報は出てこないと思うのですが」
「まぁ、念のためってやつです」
「そう、ですか」
もしかしたら、ハンスからしたら自分がした仕事を疑われたと思っているのかもしれない。
そんなつもりは全くないのだけど、少しフォローでも入れておいた方がいいのだろうか?
そんなこと考えて歩いていくと、すぐに野営している簡易的なテントの前についた。
しかし、なぜかその入口にいる騎士団の顔が引きつっていて、ハンスも中々テントの中に入ろうとはしない。
なんだろうかと小首を傾げていると、やがて諦めてように小さな息を吐いて、ハンスは入り口の布を片手で押して中に入っていった。
そこには先程捕まえた威勢の良い盗賊団がーー
「ひぃええ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」「も、もうこれ以上のことは知らないんだよ! ほ、本当なんだ!」「な、殴らないでくれっ! これ以上はっ、これ以上はっ!」
いなかった。
代わりにいたのは、ハンスに異常に脅える盗賊団らしき人たち。
顔面を守るようにして身を縮めている様子から、その顔がどうなっているのかは分からないが、あまり想像はしたくない。
「ハンスさん?」
「……このことは、イリスには、どうか内密にお願いします」
そんなことを口にしたハンスは気まずそうにこちらから視線を逸らした。
どうやら、俺が思っている以上に、感情的な尋問の時間になったらしかった。
あっ、あれってハンスさんの手袋。……いや、見間違いか。
そのテントの中に雑に投げつけられたような手袋が落ちていた。一瞬、それがハンスのものかと思ったが、気のせいだったみたいだ。
ハンスが着けていたのは白い手袋だ。あんな赤黒いような色をした趣味の悪い手袋なんて、俺は知らない。
……知らない。
俺はその手袋から必死に目を逸らしながら、そっとその男たちに【催眠】のスキルを使用して、尋問の続きを行ったのだった。