第130話 束の間の休息
そして、それから馬車に乗ってしばらく揺れて、俺たちは隠し別荘へと向かっていた。
いきなり盗賊団に襲われたので、この先どうなることかと思っていたが、それから先は夜になるまで他の盗賊団に襲われることなく過ごすことができた。
ミノラルから距離を取ることができたから、ミノラル周辺を張っている盗賊団からは離れることができたのかもしれない。
周りが暗くなってきたということもあり、俺たちは安全を確保しながら野営をすることになった。
正直、このまま一気に別荘まで向かいたいのだが、馬車を引くものも生き物であるため、無理をさせることができない。
できないことはないが、さすがに三日間馬車を引き続けることは不可能だろう。
そのため、夜が明けるまでは見張りを交代しながら食事と休息を取ることになった。
ただの野営なのだから、普通なら食事だって質素なものになるのが常識だ。
ただ、我がパーティの野営の食事は他の野営とそこが大きく違ったりするわけで。
「お、美味しい。リリ様がこの料理を作ったのですか?」
「こんな何もない道中で、これほどの料理を……」
リリが振舞ったのは、シンプルな野菜のスープと魔物肉のステーキ。あとは副菜としてイモを蒸した物や、和え物のようなものが並んでいた。
簡易的なテーブルの上に並ぶにしては種類が多く、馬車の中でそれらを食べていたイリスとハンスは驚くような声を漏らしていた。
どうやら、驚いているのは二人だけではなく、馬車の外で食事を囲んでいる騎士団たちも同じような反応をしていた。
「うまっ!」「なんだこれっ、普段食べて食事よりも全然美味いぞ!」「ばかっ、声がでけーーうまっ!!」
……いや、目の前の二人以上の反応か。
俺たちは同じく馬車の中で食事をとりながら、いつものリリの食事に舌鼓を打っていた。
隣で得意げな顔をしているリリも、想像以上に喜んでもらえたことが嬉しそうだ。
少しだけ気を緩めることができる食事中。一度盗賊団に接触して以降、他の盗賊団に接触もしてないせいか、少しだけ空気が緩んでしまっている気がした。
そんな食事の最中、俺は少し躊躇った後に口を開いた。
「食事中に話す話題じゃないと思うんですけど、以前イリスが盗賊団に襲われた時って、どんな感じで奇襲されたんですか?」
ハンスに聞いたはずだったのだが、隣にいたイリスにその声が聞こえないはずがなく、一瞬イリスの食事をしている手が止まったように見えた。
正直、本人のいる前でこんな話はしたくはないのだが、現状本人から目を離すわけにはいかない。
それに気が緩みかけている今の状況は、盗賊団側からしたら狙い時であることに変わりはない。
そう思うと、過去の犯行について少しでも情報を得ておいた方がいいだろうと思った。
「以前も移動中のことでした。ふと気がつくと、辺りが深い霧に包まれていたのです。あまりにもその霧が深かったので、それが人為的な物であるということはすぐに分かり、警戒をしました。そして、見えないところから一方的に攻撃を受け、馬車にも霧が入り込んできまして、その霧が晴れた頃にはエリス様はーー」
ハンスはそこまで話すと、膝の上に置いた拳を小さく震わせていた。
守り切れなかった自分に対していら立っているのだろう。
その目は何もない所を睨んでいるようだが、過去の自分を強く睨みつけているようでもあった。
やはり、食事中にするべき話ではなかった。
……食事の時間をもう少しだけ、早くするべきだったな。
「ハンスさん、その時に見た霧って言うのはあれですか?」
「――っ! 間違いありません。同じものです」
野営のテント周辺に這い巡らせていた灯りが照らしているのは、白くてもやっとした霧。それも、ハンスの話通り自然発生にしては異常な量と密度があるような気がする。
まるで何かを隠すために人為的に発生させたようなそれは、すぐに俺たちの馬車と周りにあるテントを包み込もうとしていた。
どうやら、早くも次の盗賊団が俺たちを見つけ出したようだ。
そして、その相手は、以前にイリスを誘拐した相手らしかった。