25.その存在は
「イカれてやがる」
馬車に戻っての操手の第一声が、それだった。
あまりにも酷く不快な気分だと舌を出す彼に、「全くだ」とリックは語る。
「自分たちが正しい、間違っていないというのを前提に奴らは裁きを実行している。もしもの事をまるで考えていないようだ」
「こんなこと許されねーっすよ。神族に、ましてや世界のトップに仇なすなんて……」
「それが許されるんだ。禁忌を犯した神族というものは、それほどに重い罪を背負っているからな」
一歩間違えれば世界が滅亡しかねない悪事。それが禁忌というものだ。
告げるリックに、操手は謎だ、と言いたげに顔をしかめる。
「たかが噂でしょう?」
「信仰心の強い輩はその噂を真に受ける。そういうことだよ」
話すリックの手を、リレイヌはそっと離した。そうして足を止めた彼女に、振り返るリックが「どうかした?」と声をかける。
「……うまれたから悪いの?」
ポツリと、少女は問うた。
「禁忌が……うまれたから……あの人たちはあんな目にあってるの……?」
その疑問は、あまりにも純粋で、それでいて不安げだった。
問われたリックは黙り、馬車の準備をしていた操手も視線を横へ。なんとも言えぬ両者の様子に、リレイヌは悲しげな顔で下を向く。
自分が産まれてしまったから……。
今、彼女の頭を占めるのは、その事実だけだった。
「……ひとまず、家に帰ろう。君のことはシェレイザ家まで送っていくから、早く乗りなよ」
「……」
「……リレイヌ」
俯く少女をそっと覗き込んだリックは、そこで驚いたように目を見開いた。
はらはらと、少女は涙を流していた。透き通る青色の瞳から溢れるそれは、幾つもの跡を作りながら少女の形のいい頬を流れ落ちていく。
慌ててハンカチを取り出すリックは、軽く眉を寄せてから、少女を見た。声もなく、ただ口を噤んで涙を零す彼女に、彼はそっと声をかける。
「リレイヌ。いいかい? 僕の言葉をよく聞いて」
「……」
「産まれて悪い者なんて、この世にはいない。例えそれが禁忌とされた子だろうとね」
手にしたハンカチで優しく少女の頬を拭い、少年は笑った。穏やかなそれに、リレイヌはそっと目を向ける。
「……私、いらない子だった?」
「いらない子など誰も産まないと、僕は思う」
「……私、居ちゃダメだった?」
「それを決めるのは自分だよ」
「……私、必要とされなかったの?」
「必要と、されたかったの?」
「……」
俯く少女に、少年は笑った。優しく、慈悲深いその笑みは、されど悲しさで満ちている。
「嘆いても変わらない現実っていうのは必ずあるんだ。今はどうにも出来ないけど、きっと大丈夫になる時が来る。だからそれを信じて、前を向こう」
大丈夫。
「きっと未来は明るいよ」
「……、っ……」
己の言葉に、本格的に泣き出した彼女をあやし、リックは静かにリレイヌを馬車へ。今し方の問答に感動している操手にシェレイザ家に寄るよう伝え、乗り込んだ馬車内で戸を占める。
いらない子など、誰も産まない。
それは、心の底からの、願いだった。