22.差し出された手
「はっ、は……!」
走る。走る。走る。走る。
屋敷から、運良く誰にも見つからずに抜け出し駆けるリレイヌは、今、間違いなく焦っていた。
ビアンテから聞いた、シアナ・セラフィーユの危機。大切な母を助けてくれという懇願。
何が起きてるのだろう。村ってどこ。大丈夫かな。父さんたち生きてるかな。
ぐるぐる回る頭をそのままに駆けていたリレイヌは、草木をかき分け山道へと躍り出た。瞬間、響く馬の鳴き声と蹄の音。
思わず驚きに足を止めれば、視界にうつるのは目の前で停止するひとつの馬車。
「あっぶねえだろ!!! どこ見て飛び出してきてんだばかガキ!!!」
怒鳴られ、萎縮するリレイヌは、そのまま右往左往と視線をさ迷わせると「あ、あのっ」と意を決して声を発した。しかし、馬車の手綱を引く輩チックな男はそんな彼女を睨むだけ。リレイヌは話にならないと首を振る。
「……何事だ?」
ふと、声。
聞き覚えのあるそれに馬車の車体を見れば、窓から顔を出している、見覚えのある顔が確認できる。凄く面倒ですよと言いたげな顔をする彼は、間違いない。リック。そう。リック・A・リピトだ。
「リック!」
「は?」
「おいクソガキ! リピト家のご当主様を呼び捨てとはなんつーことを!!!」
「うるさい黙って!」
「ああん!!??」
リレイヌは輩チックな操手に吐き捨てると、怒りに身をふるわせる彼を無視して車体の方へ。驚いたように見下ろしてくるリックに「ねえ! 村はどこ!? どっち行けばいい!?」と早口に捲したてる。
「え、村? いや、それよりなんで裸足……」
「いいから村! 教えて! 私そこまで行かないと!」
「……」
不思議なものを見るような目でリレイヌを見下ろしたリックは、そこで馬車の扉を開くと、「乗りな」と一言。キョトンとするリレイヌに、「村まで行くんだろ?」と声をかける。
「僕もそっちまで用があるんだ。だから乗りなよ」
「え、でも……この変なおじさんうるさそう……」
「ソイツは解雇予定だから放置してていいよ」
「リピトさまぁ!!??」と声を荒らげる操手を一瞥し、リレイヌは開かれた扉から馬車内へ。リックの向かい側。赤い椅子にちょこんと腰掛けると、扉を閉めてくれる彼に小さいながらも感謝を述べる。
「……別に、感謝なんていらない」
告げたリックは、馬車が動き出したのを確認してから、「それで?」とリレイヌを見た。
「なんでいきなり村に? しかも裸足で。シェレイザ家の奴らはどうしたんだ?」
「……母様たちが、心配で……」
「……飛び出してきたわけか」
結構行動力あるんだな、と思考したリックに、リレイヌは不安げな目を向ける。揺らぐ青の瞳は、どこまでも透き通っており、美しいものだ。
「……君の目」
「え?」
「……似てるな、シアナ様の目に……」
「……」
そっと口を閉ざすリレイヌに気づかず、リックは続ける。
「シアナ・セラフィーユが悪さをして捕まったそうだ」
「……」
「捕まった彼女は、一度は暴れたものの今は酷く従順らしい。ほんとに神族かと疑うほどにね。僕はそんな彼女の言葉を聞き、真偽を見極めるために呼ばれたんだ。彼女が本当に悪さしたのかどうなのか。それを知るためにね。本来ならばこの役目はシェレイザ家の人間がやるべきなんだけど、なんでか今回はリピト家に白羽の矢が立って……」
話していく途中で、リレイヌの顔色が徐々に徐々にと悪くなる。
それを見て、リックは思わず口を閉ざし、眉を寄せて彼女を見た。が、すぐに何事も無かったように車窓を覗くと、「そろそろ着くかな」と口にする。
「……降りる前に、コレ」
リックは来ていたコートを脱ぎ、新品のブーツと共にそれをリレイヌへ。コートに着いていたフードを深く彼女に被せると、「ソレ、外すなよ」とだけ告げ、止まった馬車を確認。開かれた扉から外へと出た。
「ほら、おいで」
差し出された手をそっと取り、リレイヌも続くように馬車を降りる。
村は、酷く賑わっていた。活気溢れるそれは、なんだか狂っているようにも感じ取れる。
不安に震える手を握り、リレイヌは前を見すえた。操手と話していたリックが、そんな彼女に「行くよ」と告げる。
「……うん」
頷き、歩き出す彼女はまだ知らない。
この先にある、絶望の光景を……。