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15.綺麗な子

 


「喰え!!! お前らも喰うんだ!!! 」

 響く声。貫かれた肩が痛くて震えながら涙を流す彼女に、容赦なくそれらは笑う。歪に。残酷に。残虐に。

「有り得ないくらい美味い味だ!!! この世にまたとない味だ!!! 幸いにもこのガキは黒髪、つまり禁忌!!! 喰っても誰も文句は言わないっ!!! 俺らは不老不死になり得るんだ!!!!」

 ズドンッ、と落とされた鎌の切っ先に、歯を食いしばる。痛いと叫びたい。怖いと逃げたい。されど、現実はそれを許してくれない。

「うまい」

「最高だ」

「これで俺らも神々に」

「もっと寄越せ」

「もっと、もっと!」

 狂った目をした輩どもが、手を伸ばしてくる。それにハッと目を見開いた時、リレイヌは大きなベッドの上。息を乱して転がっていた。締め切られたカーテンの隙間から入り込む陽の光が、彼女のいる寝室を微かにだが照らしている。

「……ここ、は……シェレイザ、の……」

 震える息を吐き出し、リレイヌは起き上がった。額に僅かばかり滲んだ汗をそのままに、無言でシーツを握る手を見つめる彼女の顔色は悪い。
 一拍、二拍。黙って、もう一度息を吐いてから、少女は寝ていたベッドを降りて衣装ダンスへ。そこから真新しい衣服を取りだし、着替えて廊下に歩み出る。

「……ん?」

 と、出た先に、誰かいた。丁度こちらに歩いてきていたらしいそれは、子供だ。丁度リオルたちと同じくらいに見えるその子供は少年で、癖のある茶の髪と金色の瞳を持っている。
 リレイヌは歩行の邪魔をしないよう、今しがた出てきた部屋の扉まで足を下げた。それを横目、少年は無言で彼女の前を通過していく。


「……綺麗な子」

 このお家の人かな?、と首を傾げる。そんなリレイヌに、「あ! おはようございます!」と明るい声がかけられた、振り返れば、そこにはアジェラの姿が存在する。今日は草を刈っているようで草刈りの道具を手にした彼は、頭に麦わら帽子を被っていた。

「おはようアジェラ。お仕事中?」

「はい。今から中庭の雑草を取りに行くつもりです」

「私も行っていい?」

「どうぞどうぞ!」

 明るい彼に微笑み、並んで中庭を目指す。

「それにしても、リレイヌさまはよくお眠りになるんですね。もうお昼ですよ」

「うん。なんでかわからないけど、いつも寝ちゃう。寝るの好き」

「あはは、寝る子は育つって言いますし、良いことですね」

 話しながら廊下を進み、階段を降りて一階へ。なにやらソワソワとした様子のメイドたちを不思議に思いながら渡り廊下まで行けば、そこから既に中庭は見える。

 とても広く、美しい庭だった。
 真っ赤なバラが咲き誇るそこは、シェレイザ家の人間がせっせと手入れしているが故に、荒れた様子はひとつも無い。

 小さな小鳥が羽休めをしているのをちらりと見て、リレイヌは先行くアジェラを追いかけるように渡り廊下から中庭へ。ザクザクと土を踏みしめ、道具を地面に置くアジェラの傍で足を止める。

「……あ」

 ふと、そこで庭の奥に人を見つけた。どこかお金持ちを彷彿とさせる整った服を身に纏うその者は、眉を寄せて明るい空を見上げている。癖のある茶の髪に、金色の瞳。先程部屋の前で見た少年だ、と、リレイヌはひとり思考。しゃがみこみ、邪魔な雑草を抜いていくアジェラを一瞥してから、少年の方へと歩み寄る。

「こんにちは」

 声をかけた。
 少年はそれにビクリと震えると、驚いたように振り返る。

「初めまして。私リレイヌ。貴方のお名前は?」

「……」

 問うリレイヌに、声をなくしたように沈黙する少年。目を見開き硬直する彼に、彼女はこてりと首を傾げる。

「あの……」

「……」

「ええっと……」

「……」

「……アジェラー」

 相手が喋らないのでどうしようもない。
 リレイヌは仕方なく、振り返ってシェレイザ家の使用人を呼んだ。呼ばれた彼は不思議そうに顔を上げ、リレイヌの傍へ。「如何なさいました?」と問いながら自然と少年を見て、素っ頓狂な声を上げる。

「りりり、リピト様!!!???」

 サッと青ざめたアジェラは、そこですぐさま頭を下げた。深々と下ろされたそれに、少年がハッとしたように意識を戻す。

「す、すまない。シェレイザ家の人間だな? 悪いが道案内をお願いできるか?」

「か、かしこまりましたっ! どこへお連れすればよろしいでしょう!!!」

「ああ、応接室に……」

「は、はい! すぐにでも! ──リレイヌさま、ちょっとこれ、持っててください!」

 慌てた様子で帽子やらなんやらをリレイヌに預けたアジェラは、そのまま「こちらですっ!」と少年を誘導。誘導された少年はキョトンとするリレイヌを一瞥してから、そのまま何も言わずに歩いていく。

 残されたリレイヌはひとり、目を瞬き考える。

 リピトさま。

 どこかで聞いたことあるなと、そう思った。

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