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00.それはハジマリの夢

 それは、ふたつの終わり。
 そして、ひとつのはじまり。

「お願いっ、おねがいっ……!」

 悲痛な声を上げ、捕らえられた女は乞うた。
 それを嘲笑うように、幼き子の体を貪る人間たちは、その甘美なる味に舌鼓を打つ。

「おねがいっ、やめてっ、その子は、その子だけはっ……!」

 もう手遅れだとわかっていながらも、願わずにはいられない。

 女──シアナ・セラフィーユは懇願するように子への救いを求めた。既に大半の臓器を失った子の体は、ピクリとも動かない。だが、それでも良かった。体さえ取り返せれば、あとはどうとでもなったのだ。

「なんでもしますっ! だからどうか、その子にはもう手を出さないでっ!! お願いしますっ!! どうか、どうかその子を解放してっ!!!」

 シアナは叫び、人間共はそれをケラリと嘲笑う。

「龍の神が人間如きに懇願するか……堕ちたものだな、シアナ・セラフィーユ」

「っ、……」

「そんなに返して欲しいか? この悪しき龍の亡骸が」

 シアナはヒトの言葉に一度だけ、ゆっくりと頷いた。
 それに、彼らはゲラゲラと笑いをこぼす。

「いいとも、我らが麗しき龍の神、シアナ様。あなた様のその懇願を受け入れ、我々はこの使えぬ遺体を返しましょう。その代わり、アナタ様には明日、我々の手で死んでもらう」

「構いません。どんな罰も受け入れます。その子を返してくれるなら、どんな事をされても構いません」

「はっはっ! いい覚悟だ。では、コレはお返ししようとも」

 ポイッと放られた小さな体。血塗れのそれを手探るように抱きしめ、シアナはポロリと涙をこぼす。
 こんな事になるのなら、ヒトなどと仲良くさせるのではなかった…。
 後悔してももう遅いことを思考し、彼女は立つ。ややふらつきながらもしっかりと地面を踏み、ヒトの目を一身に浴びながら、彼女は移動。誰もおらぬ、戸の開け放たれた家の中へ入ると、そっとベッドに子を寝かせ、その額にキスを落とす。

「大丈夫。大丈夫よ、リレイヌ」

 そっと子の頭を撫で、彼女は微笑む。

「アナタには私も、先代様たちもついてる。だから大丈夫。きっと、辛いのは今だけ。きっと、未来は明るいわ」

 だから、今はおやすみ。

「睦月くんたちと、仲良くね?」

 そっと離れた手が、彼女が、家を出ていく。
 その姿を見ることもできず、子の亡骸は残された。
 暗い家の中で、ただぽつりと……。

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