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意義と意地

 「俺にとってベビモースはヘッカーという冒険者の意義とヘッカーという男の意地そのものだ」

 「冒険者の意義と男の意地?」

 「あぁ。|やつ《ベビモース》と会ったのは30年も前だ」

 ヘッカーは窓の外の空を見つめているが視線は上の空だ
 当時の記憶を思い起こして言葉を繋げる
 
 
 「30年前の俺は冒険者を初めてまもなかった。始めた理由も仕事の憂さ晴らしだった。だが、任務を成功させた時の達成感は中々味わえないものだった。それに仲間と協力して強い魔物を倒した時は最高だったさ。気づけば俺は冒険者の虜になってた」

 「そして、トントン拍子にランクも上がりAランクに辿りついた。その時には仕事も辞めて、冒険者一本で食っていくって決めた。俺はこの世でかなり強いんだと思っていた。それで、興味本位で神の森に入ってみたんだ。しばらく進んでいたら、|やつ《ベビモース》は現れた。必死にくらついたがコテンパンにされた。初めて敗北を味わった時、絶対に超えてやると思った。そして何度も神の森に入り、|やつ《ベビモース》と戦った。でも結果は変わらなかった」

 ヘッカーは目を細めて懐かしみながら話した
 ヘッカーは視線をずらし、窓に写る自分に目を向けた


 「そうやって戦いを挑んでいるうちにこんな老いぼれになっていたがな」

 「冒険者の意義というのは何ですか?」

 ヘッカーは窓に写った頭部に白髪が混じり、顔にシワも増えた自分を見て呆れたように笑った
 モゼが気になっていることを尋ねる。ヘッカーは尋ねられるとフッ、と笑い口を開いた


 「|やつ《ベビモース》を追ってから10年程経ったある日、かつての仲間と久しぶりにあった。10年も経てば、ほとんどは冒険者を辞めて本業に専念してた。あいつらからしてみればまだ冒険者を続けてる俺が不思議に見えたんだろうな、「年なんだから、冒険者なんか辞めて、平穏に暮らせ」って言われたよ。その時、必ずベビモースを倒して思い知らせてやるって思った。人生に不可能はないって、知らしめてやるってな。だからベビモースを倒すことが|ヘッカー《俺》という冒険者の価値であり、意味であり、意義なんだ」

 「男の意地というのは何ですか?」
 
 熱く話すヘッカーの瞳には炎が宿っていた
 モゼはヘッカーが思っていたよりも大きいものを背負っていることに気づき、言葉を失う
 パレードが言葉を失っているモゼの代わりに尋ねる

 
 「男として一度負けた相手に負けっぱなしじゃ、かっこがつかねぇからだ。それだけさ」

 「それだけ?死ぬかもしれないのにですか?」

 モゼはヘッカーの言う事に納得したが、パレードは納得していない様子だ
 パレードは思わず聞き返してしまう


 「死ぬつもりはねぇよ。勝つまでは死なねぇ」

 「はぁ…………(理解出来ないタイプの人ですね)」

 パレードは首を傾げて、解せない様子でため息をついた
 死ぬかもしれないと聞いたのに死なないと返されたことでパレードの頭がショートした
 パレードの中でヘッカーは理解出来ない人として記憶された


 「ヘッカーさんの事情は分かりました。でも、だからと言って僕たちがベビモースを追わない理由にはなりません」

 「ハッハッ、おもしれぇ。競争は久しぶりだな」

 ヘッカーは笑うとモゼと視線を交えた
 二人の間に見えない火花が散る
 

 「負ける気は無いですよ」

 「負けるつもりで勝負するやつはいねぇだろ。俺も勝つ気で行かせてもらう」

 「でも、ヘッカーさんは安静にしていないと……」

 「こんなものいらねぇよ」

 ヘッカーはそう言うと体に巻かれた包帯を外し始める
 最後に頭の包帯を外し、病床から出てモゼと向かい合った
 モゼの身長は平均的だが、ヘッカーは平均的なモゼよりも1回り大きい


 「燃えてくるな」

 「俺もです」

 モゼとヘッカーは向かい合っても尚、笑顔をこぼす
 そのさまを見ていたパレードは二人が何で笑っているのか分からなかった
 

 「先に行ってるぞ」

 「どうぞ」

 ヘッカーはそう告げると病室から出て神の森に向かった
 燃えてくるな。|目標《ターゲット》の取り合いか
 ヘッカーさんはアドバンテージがあるけど、それを負ける理由にはしたくない
 ワンチャンスを逃さなければいい


 「パレード行こう!」

 「え、あ、はい」

 パレードは何故かやる気に満ちあふれているモゼに?が頭の中で大量に発生する
 だが、考える隙も与えずにモゼがパレードの手を取って外へと連れ出した




 
 ――――――


 「もういない……」

 モゼたちが病院の外に出るとヘッカーはいなかった
 割とすぐ向かったはずだったんだけどな……
 あの人めちゃくちゃ足速いな。何が老いぼれだよ、全然現役じゃんか
 怪我が治ってるわけじゃないのにな
 
 
 「何で早く動けるんでしょうか?完全に治ってるわけではないのに」

 「気持ちじゃない?それくらいしか無いよ」

 「全然老いぼれじゃないですね」

 「ね、現役だよね」

 パレードが首を傾げてヘッカーが向かってであろう先を見ながら言った
 モゼはパレードと同じ方向を見ていつもの調子で言った
 二人は顔を見合わせてお互いにうなずくと神の森に向かった


 「魔物?この前はいなかったのに」

 二人が神の森に入ると魔物たちが至る所にいる
 この前まで何もいなかったのに急に現れたか。何が起きてるんだ?
 モゼは魔物がいる疑問を頭の片隅に追いやって、魔物退治に取り掛かった
 

 「お前たちに時間は割きたくないんだよ!|火砲《フォイア》」
 
 モゼが火魔法を唱えると|指輪《イータル》が赤く輝く
 魔法の威力が目に見えてあがり立ちふさがる魔物たちを焼き尽くす
 パレードはモゼの魔法で巻き起こる風から身を守るので精一杯だった


 「モゼさん!森焼くつもりですか!?」

 「ごめんごめん。やりすぎた」

 パレードがモゼにマジギレして詰め寄る
 モゼは右手で頭を掻きながら笑って言う
 つい1ヶ月前、森を燃やしかけたのに反省している様子は全く見られない
 

 「神の森なんか燃やしたら極刑ですよ!」

 「大丈夫だって、神の森なんか燃えないって」

 そう笑って言ったモゼの脳内にアドナイ様の言った言葉がふと蘇る
 「軽く森消せるから」
 アブねぇぇ!!!!
 また森を燃やすところだった(この前のは違うけど一歩違えば犯人だった)
 イータルいるから火魔法の威力上がってるんだった!!
 イータルの存在を完全に忘れてた
 火魔法をここで使うのは危険だ。やめよう


 「……気をつけます」

 「……?どうしたんですか?顔真っ青ですよ」

 「大事なことを思い出しただけだから」

 モゼの顔が蒼白に変わっていたのでパレードが心配して尋ねる
 モゼは顔が真っ青のまま答える
 パレードはモゼの言っている意味が分からず困惑するが、モゼが大丈夫そうなので深くは聞かなかった


 「モゼさん!また魔物です!」

 「次から次へと……なんでこんな出てくるんだよ!」

 パレードが前を向くと魔物たちが再び現れ、こちらに向かってきていた
 何でこんな湧いてくるんだ!前に進めないな
 片付けていくしかないか。少しずつ進んでいくしかないな


 「モゼさん!来ますよ!」

 「うん!」

 二人は魔物たちとの戦闘で前に進めずにいた
 一方のヘッカーはというと……


 「ハッ、出てきたな」

 ヘッカーはすでに神の森のかなり奥へ進んでいた
 奥へ奥へ進んでいくと目の前にベビモースが現れた
 象のような姿をしているが2本の牙にそれぞれ牙がさらに生えており、合計4本の牙がある。頭には立派な角が生えておりこの世の生物ではないような容姿をしている。まさに神と呼ぶに相応しい姿である
 ヘッカーはベビモースと対峙すると嬉しそうに笑った


 「俺も年だからな、そろそろ決着つけねぇと不完全燃焼しちまう」

 「パウォォォーン!!」

 「行くぞ!!」

 ベビモースは長い鼻を天に突き上げ、吠えるとヘッカーを睨みつけた
 ヘッカーはベビモースに臆することなく全速力で向かっていく
 神と人の最終決戦が始まった
 

 「「……!!」」

 「モゼさん、今の!?」

 「すごい鳴き声だったな。鳴き声の方向に何かいるのかもしれない。行ってみよう!!」

 「はい!!」

 モゼとパレードは立ちふさがる魔物たちと戦闘中であったが奥からした鳴き声に気づいた
 二人は顔を見合わせると魔物たちを無視して声のした方向へと全速力でかけていった
 魔物たちがついてきたら厄介だな。倒しておこう


 「|電撃連鎖《エレクトシェノン》!」

 「ウ“ォォォ!!!!」

 モゼが去り際に魔法を唱えるとついてきていた魔物に電撃が当たり、そこから連鎖して電撃が広がっていく
 電撃の連鎖でついてきていた魔物たちは全滅した
 これで邪魔なやつは消えた。早く声のした方に行こう





 ――――――


 「|電雷の剣《ボルトサーベル》!!!!!!」

 「パウォォォォォーン!!!!」

 ヘッカーとベビモースの戦闘はヘッカーの劣勢だった
 元々怪我をしているヘッカーは傷口が開き、痛みに耐えながら戦っていた
 全身から出血しているため時折苦しそうな表情を浮かべている
 ヘッカーが最後の力を振り絞って魔法で電気の剣を生み出す
 力いっぱい剣を握ると歯を食いしばり、ベビモースに向かっていく
 ベビモースは角に電気のエネルギーを溜める。電気が角先に凝縮され、ビリビリと音を立て渦を巻き小さい球になる


 「これで、終わりだぁぁぁ!!!」

 「ウォォォーン!!!」

 ヘッカーはベビモースに近づくと剣を振り上げ飛びかかる
 ベビモースの角先に構築された電気の球から電撃がヘッカーに向かって放たれる
 ヘッカーの剣がベビモースに当たるより先に空中で無防備になったヘッカーに電撃が直撃する
 ヘッカーは電撃に撃ち落とされ、地面に叩きつけられる
 ベビモースは倒れて動けないヘッカーに近づくと鼻でふっとばした
 ヘッカーは大木に思い切りぶつかりうなだれる
 持っていた剣は消滅し、死んだように全く動かなくなる


 「ヘッカーさん!!!!」

 「…………」

 「|大回復《マックスヒール》」

 モゼとパレードが到着し大木のそばでうなだれているヘッカーに呼びかけるが返答はない
 体を揺すって起こそうとするが何も反応はない
 反応がない……この出血、骨も何本も折れてる。でも、心臓は微かに動いてる
 回復魔法をかけたけど大した効果は無いように見える。これじゃあ救命処置にもならないかもな
 蘇生魔法を使うには場所が危険すぎる。それにかなりの魔力を消費するし、蘇生魔法の対象は死んでる生物
 今のヘッカーさんは瀕死なだけで死んでいるわけではない
 助かる保証はない。死力を尽くしたってことか


 「パウォォォォーン!!!!」

 「こいつがベビモース、すごい迫力だ……!!」

 「ヘッカーさんを助けましょう!!」

 「そうしたいけど、こいつから逃げられるかどうか……パレードはヘッカーさんを連れて離れて。俺が倒す」

 「一人でやるんですか?」

 「ヘッカーさんとパレードの分まで戦うよ」

 パレードはモゼの意思を受け取るとヘッカーを引きずってモゼから離れた
 これで心配事は無くなった。思い切り戦えるってもんだ
 神と呼ばれる生物(魔物)と戦う機会なんてもう無いだろうからな
 最初から全力で行こう
 アドナイ様、ベビモースに弱点とかありますか?

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