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第116話 道化師による魚釣り?

「……一日釣りをして、二人で十匹か」

 翌日。俺たちは計画通り港に釣りに来ていた。

 朝から二人で釣りをして、途中でお弁当を食べる時間を挟んで、今は夕方近くになっていた。

 成果としてはバケツ一杯に魚を釣れてはいたのだが、商売をする量としては十分とは言えないだろう。

「初めてでこのくらい釣れれば、十分じゃないですか?」

「まぁ、個人的な釣りとしては十分なんだけどな」

 卸すくらい魚を取る必要があるから、ルーロの近くで釣りをして獲物を奪うのは悪いと思ったので、わざわざ遠くの港まで来たのだが、このくらいしか釣れないならルーロの隣で釣ってもよかったかもしれないな。

「このペースだと、しばらくは魚釣りばかりになるよな」

 初めてする海釣りは面白いし、数日間釣り尽くしの生活をするのも悪くはないかもしれない。

 でも、これだと冒険者というよりも漁師だよな。そうなると、もっと効率的に魚を取る方法を考えた方がいいかもしれない。

 そう思って、海を眺めながら少しぼうっとしていると、一つのアイディアが浮かんだ。

「……ちょっと、試してみるか」

「アイクさん? 今日はもう上がるんですか?」

「いや、ちょっと、魚がどのくらいいるか潜って確かめてくる」

 俺が釣り竿を片付けているのを見て、今日はもう切り上げると思ったのだろう。思ってもいなかった返答が返ってきたリリはきょとんとした顔をしていた。

「え、潜るって海にですか?」

「ああ。少しだけ見てくるから、気にしないで釣りを続けていてくれ」

 俺は上のシャツだけを脱ぐと、リリにそう言い残して港から海に飛び降りた。

 ぼちゃんという水面と体がぶつかる音と、その衝撃で生じた泡が海に広がっていった。そして、その泡がはけた頃に目を開けると、そこには透き通った水の中の世界が広がっていた。

 揺れる海藻や鮮やかな色のサンゴたち。日の光に照らされている海の中は、想像よりもずっと奥の方まで見えた。

 海底に偽装した魚や小さな魚の群れが過ぎ去っていく様子を見ながら、俺はそっと両手を前に伸ばした。

 リリにはああやって言っておいたが、何もただ海の中を見に来たのではない。本命は効率的に魚を取るため。

 少し量が多いから心配ではあるが、S級冒険者ですらかかったのだから、そこら辺の魚がかからないはずがないだろう。

【肉体支配】

 俺がそのスキル使用すると、海の中に無数の赤いバルーンが浮かんでいた。まるで、初めにそこからあったかのように現れたバルーンは、海の中だというのに地上に浮いたりはしなかった。

 そして、そのバルーンは数秒後に一斉に破裂してその場から姿を消した。残ったのは破裂によって生じた小さな気泡だけ。

 俺はそれを確認した後に、水面から顔を覗かせた。

 そのまま俺が地上に上がってくると、竿に餌をつけていたリリがこちらを見て小首を傾げていた。

「あれ? もういいんですか?」

「ああ。結構魚いっぱいいたよ」

 どうやら、リリは竿に餌をつけていたせいで、海を見ていなかったみたいだ。上からさっきの光景を覗いたら、海が一瞬真っ赤に見えたかもしれない。

 それはそれで怖いだろうな。

 俺はそんなことを考えながら、何事もなかったかのように水気を払って、海の中にいる魚たちに指示を送った。

 すると、水面に多くの影が集まりだして、そのまま一気に俺のもとにその影が跳ねてきた。

 大量の魚が順序を守って、俺が指さす方に飛んできたのだ。

 その落下地点に【アイテムボックス】をセットすると、自ら魚がアイテムボックスに収納されていく機関が完成した。

「……よっし、上手くいったな」

「え? な、なんですかこれ! な、何が起きてるんですか? これ、なんですか?」

 俺が新たなスキルを手に入れたことを知らないリリは、魚が俺の思い通りに動く光景を前に軽くパニックになっていた。

 俺はそんな新鮮な光景に笑みを浮かべながら、少しだけ自慢げな笑みを向けた。

「まぁ、【催眠】の応用って感じだな」

「こんなに多くの魚に向けてですか?」

 どれだけの範囲で俺のスキルが効いているのか分からないが、しばらく魚がアイテムボックスに飛んで入っていく光景は続いていた。

「……なんか、サーカスみたいですね」

 あまりの光景にしばらく言葉を失って見入っていたリリだったが、何かを思い出したように釣り竿をしまうと、今度はリリが海に向かって手の平を向けていた。

「分かりました。それなら、私も頑張ってみます」

「頑張る?」

「……見つけました」

 何をしているのだろうと思ってしばらくリリの様子を見ていると、突然リリが海に向かって駆けだした。

 そして、水面の上を勢いよく走っていった。

「え? う、浮いてる?」

 その光景に驚いて声を漏らしてしまったが、よく見てみると水面から離れた空中を走っていた。
 
ということは、結界の応用なのか? え、結界ってそんなふうに使えるの? ていうか、一体、どこまで行くんだよ。

リリは姿が見えなくなくなるほど遠くまで行くと、遠くの方で何やら大きな水しぶきを発生させていた。

遠くからでも、しっかりと確認できるほどの大きな水しぶき。

……あの大きさの水しぶきをあげるって、いったい何をしたんだろ。

「なぁ、ポチ。リリっていったいどこまで強くーーあれ? ポチ?」

 さっきまで隣にいたはずのポチがいなくなっていたので、辺りを探してみると、突然水しぶきが起きたすぐ近くで、巨大な氷柱が水面から顔を覗かせた。

「……えー」

 なんだあのパワー系コンビ。もしかして、俺が魔物と戦ってる時ってあんな感じなのだろうか?

 こうして傍から見てみると、中々バケモノ染みているんだな。

 それから、リリとポチが帰ってくるまで港で待っていると、少し海水を浴びて濡れた二人がニコニコ笑顔でこちらに戻ってきた。

「えへへっ、少し頑張っちゃいました」

「きゃんっ!」

 褒めて欲し気に胸を張りながら二人が持って帰ってきたのは、小ぶりなワイバーンくらいの大きさをしたワニとイルカの間のような魔物と、鋭い牙をした海トカゲのような魔物だった。

 リリのアイテムボックスに一時的に入れてあったそれは、港に置くと足の置き場に困るぐらいの大きさがあった。

 あんな一瞬でこんな大物を倒してくるなんて、一週間前では考えられないくらいの成長だった。

「二人とも……」

 そんな二人の成長に感動を覚えつつも、その二体の魔物を見て、俺はどうしても言わなければならない言葉があった。

「いや、凄いんだけど、これは魚に含まれないだろ」

「あっ」

「くぅん」

 海に棲む二体の大きな魔物と、大量の海魚。

 まぁ、これだけあれば商売にも困らないだろう。

 こうして、数日かかると思っていた魚釣りは、無事に一日で終えることができたのだった。

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