第112話 道化師になって変わったこと
「ほらほら、逃げるだけかい?」
そして翌日、俺はルーロの家の近くの森で修行に明け暮れていた。
修行の内容は短剣を使わないで、【道化師】のジョブ、スキルの使い方を身につけること。
そのために、実戦形式でルーロに修行に付き合ってもらっているのだが、すでに俺の背中は泥まみれだった。
それでも、昨日よりは多少は綺麗な気がするし、自分から無駄にルーロに突っ込むようなことは少なくなった。
「そら、また私の間合いだ」
「え、うわっ!」
それでも、急に距離を詰められるとかわすこともできず、何かしらの獲物で防ぐ他なくなってしまう。
正面に突っ込んできたルーロの姿が見えたので、俺は慌てて投げナイフをアイテムボックスから取り出した。
俺が反射的にナイフを構える姿を見て、ルーロは微かに呆れたような笑みを浮かべていた。
言いたいことは分かっている。
それでも、ルーロを丸腰で正面から攻撃を受けることは不可能だ。
「そいっ」
「ぐっ!」
防ごうとして受けたはずの投げナイフは鈍い音を立てて、後方に飛ばされてしまった。当然、ルーロの攻撃がそれだけで止むはずがなく、二撃目に備えて身構えた。
ありったけのスキルを使用して、ルーロからの二撃目の攻撃をなんとか避けた俺は、そのまま後方に飛んで、新たな投げナイフをアイテムボックスから取り出した。
ただ逃げ続けるわけにもいかない。逃げ回るための訓練ではないしな。
【複製】のスキルを使用して片手にあった投げナイフを軽く振ると、そのナイフは三本に増えたので、それらを指の間に挟んで【投てき】のスキルで投げつけた。
しかし、ルーロは何事もないかのように、その投げナイフを剣で軽く弾いた。
「ふむ。直線的過ぎるな」
不意をついていない【投てき】で投げたナイフがルーロに届くはずがなく、軽くあしらうように剣を振られて、ナイフは金属音を響かせて散っていった。
「これじゃあ、今までと変わってないよな」
ただ短剣の代わりにナイフを使って、それを投げて【投てき】で攻撃をするだけ。
【道化師】を見つめ直すはずだったが、ただの今までの戦い方しかできていない。
道化師になって変わったものは何か、それを戦いに利用できるものは何か。それについて感がなければならない。
自分で気づけなければ、周りから言われて事でもいいから、何かしらの手がかりをーー。
『アイクはアイテムボックスがあるからな、本当に羨ましいぜ。ん? なんだ、血抜きしてないのか。あれ? それにしてはえらく鮮度がいいな』
『はい、アイテムボックスに時間停止機能が付いたんですよ。だから、血抜きしなくてもいいかなって思ったんですけど、やっぱり血抜きはしてきた方がーー』
『時間停止!? それは、本当か!』
そういえば、前にアイテムボックスに時間停止の能力がついたことをバングに言ったら、やけに驚かれたな。
時間停止?
なんで道化師になったからといって、アイテムボックスに時間停止の機能がついたんだ?
ただ道化師として大量のアイテムを持てるというだけなら、時間停止の能力が付くのはおかしいはずだ。
ということは、何かしら別の使い道があるということ。
もしかして……いや、そんなことできるのか?
アイテムボックスの使い方としては誤っている使い方。でも、その使い方ができるのなら、戦い方の幅が少し広がる気がする。
……やってみるだけの価値はあるか。
「『スモーク』」
俺は煙幕を発生させる魔法を唱えて、少しだけ姿を見えにくくさせた。
別に、煙幕から隠れて攻撃をしたいわけではない。
重要なのは、俺の手元を隠すということ。
俺は『スモーク』で隠した手元でアイテムボックスから投げナイフを取り出した。そして、それを先程同様に【複製】のスキルで増やして、それを【投てき】のスキルを使って力いっぱいに投げつけた。
先程と同じ手順。そこに、一手順だけ追加の手順を加えた。
「煙幕か。何かしてくるのかね?」
俺はその言葉に答えるために、右手に一本だけ残していた投げナイフをルーロに投げつけた。
煙幕で見えなくなっているのは俺の周辺だけ。ルーロの方にまっすぐに飛んでいくナイフは、ルーロからは丸見えだった。
当然、それは軽く弾かれることになる。
だから、俺はもうひと手間加えたのだ。
「【アイテムボックス】」
標準はルーロの頭上。アイテムボックスから武器を取り出すときは、いつも柄の部分を掴むようにして取り出していた。
意識的に柄の部分を手前に向けられるということは、逆に切っ先を手前に向けることもできるはず。
そして、アイテムボックスにしまったと同時に時間停止されるのなら、その時にしまった勢いもそのまま停止されるはず。
つまり、アイテムボックスに【投てき】のスキルを使って投げこめば、その勢いをそのままに取り出すこともできる。
「……考えたな」
ルーロがそんな言葉を漏らしたと同時に、ルーロに向かって数本の投げナイフが落ちていった。
【投てき】の勢いをそのままに、至近距離でのナイフによる攻撃。
さすがに、ルーロと言えど、ただでは済まないはずだ。
そんな期待をして目を向けた先でーールーロの剣がそれらのナイフを一瞬で振り払った。
目で追うことが不可能なほどの勢いの剣技。ただの剣技ではなく、何かしらのスキルによるものかもしれない。
それでも、あれだけ至近距離からの複数の攻撃を一瞬で振り払われてしまうと、状況を呑み込むことも難しくなってしまう。
「え?」
「悪くない一撃だった。それで、次はどうする?」
「……明日までの宿題ということで、どうか」
当然、そんなわけにはいかず、俺はその後も数時間きっちりと絞られたのだった。
どうやら、まだまだ【道化師】を見つめ直す作業が足りていないようだった。