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天啓の儀式

 ここはエルサ帝国。覇権国家である帝国は世界に絶大な影響力を持つ。軍事、外交、政治、全ての面においてだ
 突出しているのは経済。経済はこの帝国の生命線とも言える。圧倒的な経済力を維持するため働かない者は皆殺される。そのため国民は血眼で仕事に取り組んでいる。国民の血税によりこの帝国の経済は潤っている
 
 |民《たみ》が働くのは家族や大切な人のためじゃない。自分が国に殺されたくないからだ
 でも、俺の父は殺されると知りながら働かなかった。自ら命を投げ出したのだ
 父が何をしたかったのかは今でも分からない。父は何を考えているのか分からなかった
 また、父は自分のことを多く語る人ではなかったため詳しくは母から聞いていた
 母が言うには父は優しく、俺のことを大事に思っていたらしい
 今となっては父の本心を知ることは出来ない
 
 俺は父のようにはならない。心に決めている
 ちゃんと働いて、一人で育ててくれた母に恩返しをしたい
 俺は今年で14。来年はもう今の生活は送れない
 この国は15歳で成人する。15になると社会に出て労働しなければいけない
 そのため14歳になると自分がどの職業に就くべきなのか、天啓の儀式を受ける
 天啓で職業が決まる。神様であるアドナイ様が自分に合った職業を決める
 天啓で授けられた職業を一生貫くことになる。人生の一大イベントと言える
 アドナイ様の教えに背くことは死罪。天啓がどんなであれ従わなければならない
 俺は誰にも恥じない生活を送ってきたつもりだ。きっとアドナイ様も見てくださっているはずだ
 やはり心配になる。父が|無職《ニート》だから大丈夫だろうか
 
 
 「元気無さそうな顔しないの」

 「そんなことないよ。いつも通り」

 「誤魔化せないわよ。雰囲気が暗いもの」

 一日のサイクルがほとんど終わり、あとは寝るだけとなったのだが明日への不安で寝る気になれない
 気づかれないようにしていたはずだったがお母さんの目は誤魔化せない
 明日は天啓の儀式の日。早く寝て明日を迎えたいのだが、今になって色々考えてしまう
 俺の父は小さい頃に亡くなった。母は俺を大切に育ててくれた
 少しでも恩返しがしたい。良い仕事に就いてお金を稼いで母を楽にしてあげたい
 

 「私はね、モゼが幸せならそれでいいの。変に気負う必要ないわよ」

 「……」

 母の優しい顔に言葉を失くしてしまった
 気負い過ぎていたのかもしれない。そう思うと気持ちが少し軽くなった気がする
 いつも母の世話になっている。それを母は嫌がることなく受け止めてくれた
 それも今年で卒業だ。来年は全て一人でやっていかなければならない


 「さぁ、もう寝なさい。明日良い朝を迎えられるようにね」

 「うん。おやすみなさい」

 「おやすみ」
 
 お母さんと一言交わすと自分の部屋に向かった
 そのままベッドにダイブして目を閉じる
 色々な思いが湧き上がってきたが、しばらくすれば睡魔が襲ってきて眠ってしまった
 
 
 
 
 ――――――――

 
 「おはよう」

 「おはよう。良く寝られたみたいね」

 「うん」

 目を覚ますと窓から日光が差し込んできていた
 クローゼットから母が作ってくれた服を取り出して着る
 サイズはピッタリだった
 食卓に向かうとお母さんがキッチンで料理を作っていた
 いつも通りの元気な挨拶が返ってくる
 
 
 「その服、似合ってるわね。良かった」

 「ありがとう。大切にする」

 「そうしてもらえると助かるわ」

 お母さんが出来上がった料理を運んでくる
 サラダとスープ。さらにシャクシュカも一緒だった
 力を入れて作ってくれている
 美味しい朝食を食べると自然と元気が出てくる


 「もう行くの?」

 「うん。早い内に着いておきたいから」

 「そう。いってらっしゃい」

 「いってきます」

 朝食を食べ終わったあと身支度を済ませた
 儀式を行うのは教会。家からそこまで遠いわけではない
 今すぐに出なくても間に合うのだが早く行きたいという気持ちがあった
 母に手を振って家を出る
 家を出ると太陽が眩しく照りつけてくる。外の熱気がひしひしと伝わってくる
 後ろを振り返ると屋根の影に隠れている母がまだ手を振ってくれていた
 俺も再度手を振った。母は優しく微笑むと口を動かした
 なんと言ったかは分からなかったが口の動きを見ると「大丈夫」と言っているように見えた
 勇気をもらった俺は前を向いて眩しい太陽が照りつける道を進んだ
 
 
 「どちら様ですか?」

 「今日儀式を受ける、モゼという者です」

 「モゼ様ですか。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 教会に入ると神父らしき人物が笑顔で迎え入れてくれた。顔に深いシワを刻んでいて微笑むとさらに深くなる
 神父を努めて長いんだろう。慈愛の塊のような笑顔だ
 俺の名前を伝えると別の部屋へ連れて行ってくれた
 俺の人生がここで決まる
 どんなことでも言われる覚悟は出来てる
 
 
 「どうぞ、こちらにお座りください」

 「はい」

 「では、早速ですが始めさせていただきます。目を閉じて下さい」

 「よろしくお願いします」

 別室に案内され、用意された椅子に座る
 小さい小部屋に案内された。白壁で覆われた部屋の真ん中に机と椅子があるだけ
 神父が机に置いてあった分厚い本を手に取り、しわついた手で本をめくる
 俺は神父に言われた通り、目を閉じる
 本をめくる音が止むと神父が呪文を詠唱し始める。神父の見た目からは想像出来ない太い声だった
 目を閉じていただけなのだが意識が遠のいていくような感覚に襲われ、そのまま意識を失ってしまった


「ここは……?」

 俺が目を覚ますと真っ白な空間に机と椅子が置かれている
 さっきまでいた場所と同じだが、壁はなくどこまでも同じ空間が広がってるようだ
 椅子は2つ置かれていて、1つには知らない人が座っていた


「よく来たね。君がモゼくん?」

「はい……あの」

「まぁ、座って座って」

 俺は知らない人に誘導されるように空いている椅子に座る
 机には書類がたくさん置かれていて、その中には俺の名前が書かれているものもある
 この人の見た目は中年男性。髭は剃られており、髪もボサボサではなく綺麗に整っている
 優しそうなおじさんという見た目をしている


「あの、あなたは誰ですか?」

「僕はアドナイだ。よろしく」

 アドナイと言うと世界中で信仰されているメシア教の唯一神だ。それを聞いて背筋が自然と伸びる
 こんなラフな感じ……?想像していた像と全く違う。威厳のある印象を抱いていた
 どんな姿であろうと天啓を決めるのは神であるアドナイ様
 俺の目の前には天啓を決める張本人が目の前にいる。下手なことは言えない
 
 
「ここで天啓を決めるんですか?」

「そうだよ」

 同じような声で言われて心臓の鼓動が早くなる
 こんな感じで決まるのか。もっと厳格な雰囲気で決まると思っていた


「えーっと、はいはい。なるほど」

 アドナイ様は書類を手に取り片っ端から読み始める
 書類を読む度に今のような声を出すので、緊張で体が固まる


「うーん、そうだねぇー」

「決まりましたか?」

「うーん……」
 
「アドナイ様?」

「様なんて付けなくて大丈夫。呼び捨てでいいよ」

 そんなこと出来るわけが無い。呼び捨てになんかしたら信者に殺される
 アドナイ様を呼び捨て出来るほど勇気はない


「……ないな」

「え?」

「君に合う職業がない。天啓を決められないな」

「……え?」

 天啓がない……?そんなことあるのか
 天啓がなければどの職業に就けばいいのか分からない
 この国では無職は死刑。天啓が無いということは来年に死んでくださいと言ってるようなものだ


「困ったなぁ。どうしよう」

「どうにかお願いします」

「そうだなぁ……君に力を上げるから生き延びて」

 俺のアドナイ様のイメージがひっくり返った瞬間だった
 こんな適当なこと言うのかよ
 力だけでなんとか出来るものなのか
 

「そんな適当なこと言わないで下さい」

「本当に無いんだよ。だから天啓の代わりに力を与えるってことで勘弁して」

 アドナイ様は困った顔を浮かべながら言う
 言ってる通り本当に無いんだろう。本当に無いのなら俺がどれだけ言っても意味がない
 これ以上言うのは無駄な気がする。何と言ってもアドナイ様の答えは変わらないんだろう
 力なんてもらってもどうやって使えばいいんだ
 兵士として働けばいいのだろうか
 
 
「はぁ……じゃあ、どうやって力を使えばいいんですか?」

「それは自分で決めて。|君《・》|の《・》|力《・》なんだから」

「え?そんな適当に……」

「よし、じゃあ今日はお開きで。また会うことになると思うから。バイバイ」

「いや、ちょっとそれは……」

 アドナイ様が早口で会話を切り上げる
 必死に質問しようとしたのだが、急に意識が飛ぶような感覚に襲われた
 次に目を覚ますと白壁で囲まれた空間にいた。戻ってきたのか
 目の前には深いシワを刻んだ優しい顔の神父が立っている


「いかがでしたか?」

「あ、まぁはい。良かった……?です」

「それは良い儀式になりましたね」

 神父の慈愛に満ちた表情を見るとさっきまでのことを忘れられそうだ
 アドナイ様があんな適当なことを言うとは思わなかった
 今日は帰ろう。母に絶対聞かれるけど何とかはぐらかすしかない




 ――――――――

 
「どうだった?」

「何とかなったよ」

「……そう。それなら良かった」

 家に帰ると母が待っていた
 本来なら仕事のはずだが、今日は休みを入れたのだろう
 案の定、天啓について聞かれたが誤魔化した
 母は意味深に間を空けて答えた


「来年には1人立ちね。寂しくなるわ」

「……そうだね」

 そう言った母の顔は寂しそうだった
 今の俺には寂しいとかを考える余裕はなかった
 あれこれ考えていると返答に時間が掛かった
 母に迷惑をかけるわけにはいかない
 なんとか独り立ちして一人で解決しなければいけない


 「モゼ。私はあなたの味方よ。困ったことがあったら遠慮しないで言っていいのよ」

 「うん。ありがとう」

 母は心配そうな顔をして言う
 母は俺が問題を抱えていることに気づいていると思う
 でも、これは俺の問題だ。母を巻き込むわけにはいかない
 
 
 「……少し寝てる」

 「疲れたの?」

 「暑い中外歩いたからちょっとね」

 「そう。ゆっくり休んでね」

 俺は母の言葉に首を縦に振って応えた
 自分の部屋に向い、着替える事無くベッドで横になる
 疲れてなんか無い。外は暑かったが、少し歩いただけでクタクタするほど貧弱じゃない
 今は色々整理したかった。落ち着く時間が欲しかった
 無理があったかもしれないが母は気にせず心配してくれた
 持つべきは優しき母だ
 
 
 「はぁ……」

 ベッドで横になるとため息が自然と出てくる
 今日の不安はあったがここまで的中すると呆然とする
 俺はこれからどうしよう。何をすればいいのだろう
 天啓が無くても働くことは出来ないだろうか
 来年無職になるのは本当にゴメンだ
 父のようにはならないと誓ったのだ

 
 「父さんだったらどうすんのさ」

 天井を見ながら天にいるはずの父に向かって言った
 父なら迷わず無職になるのだろうか
 その答えが分かることはない
 

 「自分の事は自分で決めろだよね」

 父が昔そう言っていた
 親が出来るのはアドバイス。最終的に決めるのは自分だと
 自分の人生なんだから自分で決めろと言われていた
 その言葉だけは未だに脳内に焼き付いている


 「自分で決めなきゃね」

 自分自身の問題。他人に聞くわけにはいかない
 自分の力で解決したい
 来年には成人なんだ。一人で出来なくてどうする
 自分を奮い立たせて目を瞑った
 睡魔がすぐに襲ってきて俺は意識を失った

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