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(24)提案

 シーラ達が城に戻った翌日。アスランは勤務の合間に、カイルの執務室に出向いた。

「カイル様、今少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「アスラン? 勿論構わないが」
 机で書類の精査をしていたカイルが、顔を上げながら不思議そうに応じた。すると斜め前の机で仕事をしていたダレンが、何かを察したように静かに立ち上がる。

「カイル様。私は所用で少し席を外します」
「ああ、分かった」
(ダレンの奴、察したらしいな。体よく俺に押し付けて、さっさと退散するとは良い度胸だ。全く、どいつもこいつも……)
 流れるような自然な動作でさっさとその場を後にしたダレンに密かに悪態を吐きつつ、アスランはカイルの執務机の前に立つ。

「アスラン?」
 机を挟んで向き合ったものの、黙っている異母兄にカイルが怪訝な目を向けた。それで我に返ったアスランは、腹を括って口を開いた。

「時間をいただいたのにすみません。ちょっとお話がしたくて」
「それなら、談話室に移動をするか」
「このままで構いません」
「そうか?」
 腰を浮かしかけたカイルだったが、再び椅子に腰を下ろす。

「カイル様。この間の情勢から判断すると、早晩エンバスタ国との紛争は避けられないと思われます」
 そんな分かり切っている事を言われたカイルは、何を言いたいのかと不審に思いながら話の先を促した。

「ああ、分かっている。それで?」
「向こうから仕掛けて来る前に、こちらから打って出ますか?」
 唐突に言われた言葉が理解できなかったカイルは、呆気に取られた。しかし次の瞬間、剣呑な顔つきで問い返す。

「アスラン……、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
「明確な証拠を掴んではいませんが、状況証拠を積み上げれば連中がこちらを侵攻しようとしているのは明らかです。ついでにヴォール男爵も誘き出して捕らえて拷問にでもかけて白状させれば、エンバスタ国との繋がりも明らかになって、国王陛下から咎められるのも回避できるでしょう」
 真顔で淡々と告げられた内容に激怒したカイルは、拳で机を叩きつつ相手を怒鳴りつけた。

「何を馬鹿な事を‼︎ アスラン、何を血迷っている⁉︎」
「お気に召しませんか?」
「当たり前だ!」
「ですが向こうから攻め込んで来る前にこちらから攻め込めば、こちら側に被害が最小限で抑えられます。領民を大事にされているカイル様であれば、この方がご意向に適うかと思いました」
 相変わらず冷静に指摘してくるアスランに、カイルは怒りを抑え込みつつ、呻くように言葉を返す。

「…………嫌味なのか?」
 それに些かわざとらしく肩をすくめて見せながら、アスランが話を続けた。

「まさか。本心からの進言です。本当にこちらの方が、面倒が少なくて良いと思っています。こちらが『敵対するつもりはないし、友好関係を築きたい』とアピールするだけで、現在進行形で武力侵攻を進めている相手が感動して『それではお互い仲良くしましょう』と武装解除するなんて、本気で考えてはいらっしゃらないでしょう?」
 その問いかけにカイルは硬い表情で首を振り、語気強く断言する。

「そこまで楽観主義でも、お人好しでもないつもりだ。しかし侵攻を計画しているという明確な証拠も証人もいないのに、こちらから戦を仕掛けるなど断じて許さん」
「それでは侵攻の初期に最低限の被害を出すことは、予めご了解ください。侵攻を予想して、国境付近の住人を予め避難させるのは諦めていただきます。そんな事をすれば、こちらが準備して動いているのが向こう側に察知されます」
「……一時的にでも駄目か」
(やはり、内心では考えていたらしいな。気持ちは分からないでもないが……)
 途端に言いにくそうに言葉を発したカイルを見て、アスランは溜め息を吐きたくなった。しかしここで引く気はサラサラなく、冷徹に言葉を継ぐ。

「いつまでです? 彼らはその土地を生活の場にしています。永遠に避難させるわけにもいきますまい。そしていつまで経っても攻め込まれなければ、もう安心だと警戒と解いて戻したら、それを契機に侵攻されないとも限りません」
「…………」
 全く反論できないカイルは、無念そうに黙り込んだ。そんな彼に構わず、アスランは説明を続ける。

「初期の被害を最小限にするために情報収集と連絡を密にして、事が起きた時には被害を最小限に抑えられるよう、抜かりなく準備を進めております。被害が出た地域や住人達に対しては、十分な補償を。これは、無事に侵攻を食い止めればの話になりますが」
「勝つのが最低条件か」
「できればこちらには必要最小限の損害で、必要以上に戦線を拡大させる事なく向こうに最大限の損害を与えて講和に持ち込み、補償額を上回る賠償を得るのが最善と心得ます」
「先手必勝というのが良い統率者の条件なら、私は当てはまらないな」
 カイルが自虐的に口にした台詞に、アスランが思わず反応する。

「そんな条件は必要ありません。カイル様のご意向を具現化するために、私達が存在するのですから」
 それを聞いたカイルは、どこか割り切ったような表情で頷く。

「分かった。余計な事を口にして、皆の戦意を落とすような真似はしない。全面的に任せる」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「ああ」
 アスランは一礼し、ドアに向かった。カイルも中断していた仕事を再開しようとしたが、ドアノブに手をかけたアスランが、カイルに背中を向けたまま低い声で短く告げる。

「カイル。お前はそのままで良い」
「……兄上」
 アスランはそのまま廊下に出て行き、カイルは少しの間、異母兄が出て行ったドアを無言で眺めていた。

 


「お疲れ様でした」
 アスランが廊下に出ると、ドアのすぐ傍に佇んでいたダレンが声をかけてくる。それでアスランは、彼に向き直って文句を言った。

「面倒事を他人に押し付けるとは、良い度胸だな。本来は、最側近のお前の役目ではないのか?」
 それにダレンが、苦笑いで応じる。

「私も存外、甘い人間のようで」
「リーンが俺に話を振って来るはずだ。そんな腑抜けた事を言っている場合か」
「どうもカイル様の側近くで働いておりますと、色々と影響を受けてしまうようですね」
「笑えんな。陰でこき使うのは、これきりにしてくれ。気分が悪い」
 憤然としてその場を後にするアスランの背中に向かって、ダレンは無言で頭を下げたのだった。



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