第107話 リリの行方と新たな出会い
「いらっしゃい。何か探し物かい?」
「あ、どうも。えっと、竿と網を探しに」
リリとポチがいなくなって、一人になってしまった俺は近くにある釣り具屋に来ていた。最近、いつもリリとポチが一緒にいたので、一人で道を歩くというだけで少し新鮮な気持ちになったりしていた。
それと同時に、話し相手がいないこともあって、多少は寂しさを感じたりもしてしまった。
まぁ、リリとポチもやりたいことがあるらしいし、それが終わってから三人でゆっくり旅行をすればいいか。
そうなると、それまでの間にできることをやっておかなければならないだろう。
そう思って、俺はイーナから頼まれた依頼に取り掛かるべく、釣り具屋に来ていたのだった。
「網? 網って釣った魚を掬う奴かい?」
「いえ、仕掛け網って言うんですかね? 海に投げ入れておく奴です」
「小さい奴ならあるけど、大きいのはないぞ? そんなの置いても売れやしないしな」
「あー、そうですよね。いや、小さいやつでも大丈夫なので、見せてもらってもいいですか?」
釣り具屋というくらいなのだから、置いてある商品は一般的に使う釣り道具のみ。
当然だ。だれも、釣り具屋に置いてある商品でガチの漁をしようとは思わないよな。
どうせ時間はたくさんあるんだ。網の構造だけ分かれば自分で作ることもできるだろう。
「竿はセットで売ってる奴があるから、それにするかい? 一セットでいいのかい?」
「……いえ、竿のセットは二セットお願いします」
俺は少しだけ考えて、念のためにリリの分の竿も揃えておくことにした。
もしかしたら、帰りが早くなるかもしれないし、いつでも釣りをさせてあげられる準備だけはしておこう。
いや、もしかしたら、釣りに興味がないから俺のもとを少し離れたのか?
そんな考えもあったが、結局俺は竿のセットを二つと、仕掛け網を一つだけ購入して、その場を後にした。
「お、また会ったな」
「どうも、昨日ぶりです」
釣り具屋を後にして、港に向かうとそこには昨日会ったおじさんがいた。今日も今日とて、釣りをしているらしく、近づいてみるとすでにバケツの中に数匹の魚がいた。
「さっそく釣れてるんですね」
「ふむ。今は魚の群れが来ているらしい。今さっきだけで三匹釣れたぞ」
「マジですか。……俺も急いで準備しないと」
せっかく魚の群れがいるというのなら、その恩恵に乗っかりたい。
海での釣りは初めてだから、準備に時間がかかりそうだが、群れがいなくなる前になんとか数匹は捕まえておきたいものだ。
「君たちも冒険者だったとはな」
「あれ? 俺が冒険者だって言いましたっけ? ん? 今、たちって言いました?」
その男の言葉に少し引っ掛かりを覚えて、俺はおじさんに言葉を聞き返していた。
おじさんは俺の食いつきにそこまで反応せず、何食わぬ顔で言葉を続けた。
「ああ。女の子の方ならすでにここに来たからね」
「え、リリ来たんですか?」
俺は予想もしなかった返答が返ってきたので、少しだけ声を裏返してしまっていた。
まさか、一週間暇を貰うとか言っておいて、俺より先にウキウキで港に来て釣りをしていたりは……しないか。
辺りを見渡しても、そこにはリリの陰はなかった。
リリが港に用事か……一体、何の用だったんだろう?
「ちなみに、どこに行ったかとかって分かりますか?」
「あの島へ行ったよ。……あの子には秘密にしてくれと言われてるから、聞かなかったことにしておくれよ」
おじさん口の前で人差し指を立てて、秘密を意味するようなポーズをとっていた。潜めたような声からも、秘密話をしているつもりなのだろう。
そのおじさんが指さした先には、昨日おじさんが危険だと言っていた島があった。
「え? あの島って、昨日注意してくれた所じゃないですか。そんなところに、一人で?」
「いや、ワンちゃんを連れていたな。小型犬なのに、凛々しいワンちゃんだったな」
おじさんはやけに落ち着いているような様子だが、俺の心情はおじさんとは対照的に慌てていた。
当然だろう。大事なパーティメンバーが危険な所に向かったと聞いて、落ち着いていられるはずがない。
「と、とにかく、それなら俺もあの島に行かないと」
「行ってどうするんだ?」
「どうするって、助けに行かないとでしょう。危険な島に行っちゃったんだから」
何を聞いているのだと思っておじさんにジトりとした視線を向けると、そのおじさんは落ち着いた様子で剃り残したような顎髭を撫でていた。
「あの島に向かうのは、修行に明け暮れる荒くれ者か、自殺志願者と言ったはずだが」
「……リリは荒くれ者の冒険者ってことですか?」
「自殺志願者には見なかったし、君もそう思うだろう?」
確かに、リリが急に自殺をするような未来は見えない。それに、あの置き手紙が遺書だとも考えられないだろう。
それでも、修行をするなら俺も一緒にしたいし、俺を置いていった理由も分からない。
その理由を聞くためにも、俺はあの島に向かわなければならないだろう。
「あの子は俺のパーティメンバーなんです。あの子が行くなら、俺も行かないと」
「言えない……いや、言わない理由があるんじゃないか?」
「言わない理由?」
どこか確信を突いたような口調。しかし、そんなことを言われても、どうしてもピンとこなかった。
俺が言い出しづらいような空気を作っていると言いたいのだろうか? いや、リリとは普通に仲が良いし、そんな空気は出していないはずなのだ。
俺が腑に落ちない顔をしていると、おじさんはそのまま言葉を続けた。
「それに、君があの島に行ってもそんなに変わらないと思うぞ。今まで以上にステータスで魔物を殴れるようになるだけだ」
「……もしかして、何かリリから聞きました?」
そこまで言われて、俺は一つの不可解な点に気がついた。
昨日俺たちにあの島には近づかない方がいいと教えてくれたのは、このおじさんだ。
それだというのに、あの島に向かおうとしているリリを止めないことなんてあり得るだろうか?
「私も女の子があの島に向かうと言えば、止めないほど鬼畜ではない。色々聞いた上で、見送ったのだよ」
そこまで言うと、おじさんは俺に向けて破顔させたような笑みを浮かべた。
リリのことを心配する俺に、それは杞憂だと伝えるような笑み。それでいて、その笑みには何か面白いものを見つけて喜ぶ子供のような笑みも含まれているようだった。
「どうだい? 君が良ければ君の修業は私が見てあげよう」
「え? 修行を見てくれるって、あの、おじさんって、一体何者なんですか?」
リリから色々話を聞いたということは、俺のステータスのことも知っているかもしれない。
そこまで知っている上で、修行の相手を名乗り出てくれる釣り人。
ただ者ではない。そう思った時、初めてこのおじさんに会った時と同じく、俺は無意識下で身構えていた。
「ルーロと呼んでくれ。なに、ただのS級冒険者だよ」
ルーロと名乗ったそのおじさんは、竿を引き上げながらそんな言葉を口にした。
まるで、S級冒険者であることよりも、釣り上げた魚の方を自慢するように、針に掛かった魚をこちらに見せつけて自慢するような笑みを浮かべながら。
「……はい?」
こうして俺は、ルーロというS級冒険者に出会ったのだった。