勇者失業中
ある日、暗黒の魔王が復活し、勢いづいた魔物が世界を|蹂躙《じゅうりん》し、自分が〈伝説の勇者〉としての素質に目覚め、世界を救う旅へと出る──。
そんな展開があるワケが無い。
そんな御都合主義の展開があるワケ無い。
世は泰平。
|挙《こぞ》って平和である。
だから……勇者達は失業中だった。
勇者の攻撃!
雄々しい叫びが室内に響いた!
「ローーン!」
「「何ーーッ?」」
|盗賊《シーフ》は4ポイントの精神ダメージを受けた!
魔法使いは3ポイントの精神ダメージを受けた!
「よっしゃ! チートイタンヤオドラドラバンバン!」
「「げえーーッ?」」
会心の一撃!
「あ、裏乗った」
「「マジですかーーーーッ?」」
|盗賊《シーフ》は箱になった!
魔法使いは箱になった!
「何かオレって裏が乗る確率高いんだよねー? やっぱオレTUEEE? ダーハッハッハッハッハッ!」
「……あれ?」
魔法使いは捨て牌をジッと見ている!
「ダーハッハッハッハッ……え? どうした?」
「いや……コレ、フリテンじゃないか?」
魔法使いは石化の呪文を唱えた!
「あ、ホントだ。チョンボよ」
|盗賊《シーフ》の追撃!
「マジかーーーーッ!」
勇者は石になった!
財布が死にました……。
( ※ 現実世界に|於《お》いて、賭け麻雀は法律で固く禁じられています )
「というか、これでいいのか?」
麻雀牌を掻き混ぜながら魔法使いが|溢《こぼ》した。
ダークエルフ特有の浅黒い肌は、深く被った黒い|長外套《ローブ》と相乗的に|映《は》えて印象強い。
「何がよ?」
混ぜ終わった牌を|河《ホー》と積みつつ|盗賊《シーフ》が|訊《たず》ね返す。
波掛かった豊かな赤髪ロングで右目を隠した美人である。
そう、|美女《・・》ではなく|美人《・・》だ。
何故なら〝男〟なのだから。
つまり〝|彼女《She》〟ではなく〝|彼《He》〟だ。
「って、ウルサイわね! 〝|彼女《She》〟ではなく〝|彼《He》〟で、何か不都合あるワケ?」
「いや、そういうのはいいから。メタツッコミとかやると、ややこしくなるから」
魔法使いが醒めて引き取った。
作者的に、ありがとう。
「で、仮にもオレ達〝勇者パーティー〟だよな? 〝勇者様御一行〟だよな? なのに、毎日毎日こんな事ばかりしてて……」
「だって、しょうがないじゃない。魔王なんていないんだから」
あっさりと両断する|盗賊《シーフ》。
「それはそうだが……」
「って、いうかさ? そもそも平和なのが問題なんじゃね?」
あっけらかんと悪意無く勇者が|纏《まと》めた。
「……勇者らしからぬ発言しだしたぞ、コイツ」
「いや、だってさ? 世の中が混沌とすれば、|自《おの》ずと〈勇者〉の需要が高まるワケじゃん?」
「どういう表現だ〝勇者の需要〟って……」
順次手牌を取っていく。
「あ~ぁ……早いトコ、どっかの誰かが平和ブッ壊してくれないかなぁ~? 某国の|大《ヅラ》|統領《とうりょう》とか」
「やめろぉ!」
コンプラ事情を憂慮し、魔法使いは語気強く|嗜《たしな》めた。
そうしてトンタントンタンとツモ切りの音だけが刻まれていく。
宿屋二階の奥部屋に居座って、どれほどの月日が経った事か。すっかり、この部屋は彼等の雀荘……もとい私部屋と化していた。
(マズイな……このままでは……)
麻雀を打ちながら魔法使いは|懸念《けねん》する。
(絶対にマズイ……)
捨て牌を注視しながら尚も思う。
(何とかせねば……)
思索の中で不要牌を切る。
「「ローーン!」」
ダブロンだった!
「チャンタドラドラ! 裏乗った!」
「アタシはタンヤオピンフのドラ1ね?」
「だからマズイと言ったんだーーーーッ!」
魔法使いはブチ切れた!
|雀卓《じゃんたく》がひっくり返る!
「わわッ?」「あぁん!」
「オマエら! 麻雀なんてやめるぞ!」
「何だよ? いきなり?」
「自分が負けてるからってズルいわよ!」
「黙れ! このままでは、単に『割れ●DEポン』状態だろうが! 読者が納得すると思っているのか! こんな文字数の無駄遣い!」
「だって、やる事が無いんだし? なあ?」
「ねえ?」
「やる事が無かったら延々と麻雀中継か! オレ達は!」
魔法使いは荒息を整えている。
ややあって冷静さを取り戻した。
「……探しに行くぞ」
「は?」「何を?」
「〈魔王〉だ!」
街の広場──。
シンボリックな勇者像を据えた円盆型噴水の前から、彼等は大通りの往来を眺めていた。
行き交うのは街人のみならず商人や冒険者など……実に様々な職種がいる。時折、エルフやドワーフなどの亜種族がいても不思議ではない。
何故なら、そうした世界観だからだ。
「……平和そのものよねぇ」
|盗賊《シーフ》が無気力さに|溢《こぼ》した。
「で? こんなトコに〈魔王〉なんているの?」
ダークエルフが暗い|慧眼《けいがん》に答える。
「……いないなら、作ればいい」
「は?」「え?」
「いまこそ、オマエ達に|訊《と》おう! 勇者と冒険者の違いは何だ?」
「はいは~い」
勇者が挙手した!
「はい。じゃあ、そこのキミ」
「勇者は〝他人の家で勝手に|家探《やさが》し〟が暗黙の了解に認められてま~す」
「……認められてねーよ」
「これを〈冒険者〉がやったら犯罪で~す」
「勇者がやっても犯罪だ!」
「バッカねえ? そんな理由のワケないじゃない?」
|盗賊《シーフ》は小馬鹿にした!
「じゃあ、オマエ言ってみろ」
魔法使いは指名し直した。
「勇者は〝救い出したお姫様〟を手込めに出来るのよ」
「……は? 何言い出した? オマエ?」
「全国の勇者達は〝竜●〟との決戦前に『ゆうべはおたのしみでしたね』って、不毛なゴールドを費やしまくって……」
「やめろぉぉぉーーッ!」
「何よ? これこそ〝勇者の特権〟じゃない? このおかげで続編に〝ロ●の子孫〟が増えたのよ?」
「由緒正しい|勇者《ひと》様の家系に勝手な黒歴史を織り込むな!」|苦労人《ダークエルフ》は息を整えている。「いいか? 勇者と冒険者の違いは『打倒魔王』の大儀が有るか|否《いな》かだ。という事は、いまのオレ達に必要なのは何だ?」
「ハネ満」「役満」
「麻雀から離れろォォォーーッ!」
鳩が飛び去った!
どうやら怒声に驚いたようだ!
「つまり、オレ達に必要なのは〈魔王〉だ」
「それって、さっきオレが言ってた理屈じゃね?」
「いや、必要なのは〝魔王そのもの〟ではない。魔王が|いる《・・》というシチュエーションだ。それさえ整えば、勇者としての体面は取り繕える」
「アタシ、そこまでして必死コキたくない」
「オレも」
「……黙れ、駄勇者共」
「「オマエもな」」
「いいか! 魔王のいない勇者なんて〝肉が入っていない牛丼〟だ! いいや、それはもう〝ラ●ザップを体験するビ●ー隊長〟と同じだ!」
「「そりゃ無価値だーーッ?」」
分かりやすい実感!
驚愕が雷光と走った!
勇者は白目になった!
|盗賊《シーフ》は白目になった!
「うう……オレがアマかった……そんなん、誰も求めないよな……意味無いよな」
「ア……アタシも……黙ってても〈勇者〉って肩書だけで生きていけると思ってた……世の中チョロって」
ガクリと膝を着いた。
勇者は泣き崩れている。
|盗賊《シーフ》は泣き崩れている。
「分かってくれたか」
魔法使いは感涙を寄せた。
「うう……確かに〝ショッ●ーのいない仮面ラ●ダー〟なんて、ただの〝怪奇バッタ男〟だもんな」
「……オイ、やめろ」
「うう……そうよね〝大義名分の無いウル●ラマン〟は、単なる〝破壊拡張の権化〟ですものね」
「やめろ」
「うう……夏休みにジ●リ映画を流さない日●レ並にアイデンティティーが無いぜ」
「うう……それ言ったら『相●』に頼らないテ●朝もよ」
「やめろぉぉぉーーッ!」
「「YOUは何して英雄に?」」
「テ●東の工作員かッ! オマエらッ?」
「で? 具体的には、どうすんのよ?」
再び往来を眺めた。
駄勇者達は作戦会議をしている。
「さっきも言ったが、別に|魔王そのもの《・・・・・・》がいる必要はない。要は〝魔王の対抗勢力〟としての|大儀《・・》があればいいだけの事だ」
「まどろっこしいなあ? 話が見えないんだよ!」
「……魔王役をスカウトするぞ!」
「は?」「え?」
「日雇いでも時給制でもいい! とにかく魔王役を演じてもらい、その悪行をオレ達が阻止する! その|事実《・・》だけが必要なのだ!」
「それって出来レースじゃない!」
「サクラだよな?」
「人聞きの悪い事を言うな! アルバイトと呼んでもらおう!」
変な理屈に着地した。
コイツも駄勇者だった!
「ハァ……んじゃ、まずオレが行って来るわ」
勇者が先陣を切った!
大通りへと躍り出る!
手近に居る人材へと声を掛けた。
「おお、さっそく|一人《ひとり》捕まえたぞ? 初対面ながらも|和気《わき》|藹々《あいあい》と談笑を始めているじゃないか!」
「ま、ウチのリーダー、人好きだけはするからね」
「朗々と話込んでるな?」
「時たま笑ってるわね?」
「相手の|懐《ふところ》へと入ったか……さすがの|象徴性《カリスマ》だ!」
「ってか、アレって〝お婆さん〟だけど、いいの? 魔王役でしょ?」
「心配要らん。ド●キホーテのコスプレグッズで、どうにかする」
「……安い魔王だわね」
「ん? 何か本を渡されたな?」
「ホントだ。遠慮気味に拒んでるけど……結局押しつけられたわね」
「アイツ、押しに弱いからな」
「何の本かしら?」
「さてな? あ、怪訝そうに読んで……熱中しだしたな……泣いた……号泣だぞ?」
「感動的な童話とかだったのかしら?」
「あ、トボトボ帰って来た」
「号泣しながらね」
勇者が帰還した。
「この世界は偉大なる〝ゴッドラッキー〟の御守護に生かされているのデーース!」
「「何を吹き込まれたァァァーーッ?」」
カルト宗教に勧誘されました!
「ったく、使えないわね! この駄勇者共が!」
「「オマエもな」」
「アンタ達は〝垂らし込み〟の何たるかを分かってないのよ! いいわ、アタシが教えてあげる!」
|盗賊《シーフ》の出番!
しゃなりしゃなりと大通りへ出向く。
「大丈夫か? アイツ?」
魔法使いは不安に見送る。
「まあ、バレなきゃ〝いい女〟だし……色仕掛けとかすんじゃねぇか?」
勇者は楽観に返した。
「……バレたら天国から地獄だな」
「ああ、相手が……な」
カモが現れた!
「さっそくナンパかよ……くわばらくわばら」
「あ、また|一人《ひとり》来たぞ?」
「アイツも、まんざらじゃない感じだな? ブリッコぶって、|しな《・・》を作ってやがんの。大方『え~? わたし困っちゃう~?』とか、やってんだろうな」
「っていうか、あれよあれよと|黒集《くろだか》りだぞ?」
「う~ん、野郎ホイホイ状態だな。どんだけ飢えてんだ? 世の男共は……」
「オイ、ヤバくないか? チヤホヤと囲われながら何処かへと連れて行かれるぞ!」
「確かに! 追うぞ!」
勇者達の追走!
いかがわしい歓楽通り!
「何処もかしこも毒々しいピンクで|煌《きら》めいてんじゃねえか!」
「この店だ! この店へ入って行ったぞ!」
ドアを蹴破った!
「オイ! 無事かーーッ!」
黒革ボンテージの人間椅子が現れた!
黒革ボンテージの人間テーブルが現れた!
|盗賊《シーフ》の高笑い!
恍惚に腰掛けている!
「オーーホッホッホッホッ! もっとドンペリを御開けーーッ! このブタ共ーーーーッ!」
「「何をやっていたァァァーーーーッ?」」
怪しい奇祭が開催されていました!
「もういい! オマエ達を頼りにしたオレがバカだった! この駄勇者が!」
「「オマエもな」」
「見てるがいい! 負け犬共! ダークエルフのプライドに懸けて、絶対に〈魔王〉を探し出してみせる!」
「いままでで一番説得力のある台詞だわね……」
魔法使いの出番!
「う~ん? 大丈夫か?」
勇者は懸念した。
「何がよ?」
「いや、アイツが人前に出てさ?」
「あ~、確かに〈ダークエルフ〉は〝邪悪な存在〟って先入観で忌避されるからね~? でも、この街って亜種族に対して比較的ウェルカムだし、平気じゃない?」
「いや、そっちじゃなくて」
「うん?」
「アイツ、極度の人見知りじゃん?」
「……あ~」
|盗賊《シーフ》は同意した。
人混みのプレッシャー!
魔法使いはパニックになりそうだった!
しかし、なんとか保ち堪えた!
(落ち着け落ち着け落ち着け……)
魔法使いは深呼吸した。
自己暗示を掛けている。
(大丈夫、オレは出来る……やれば出来る子……お婆ちゃんが言っていた……出来る出来る出来る……大丈夫大丈夫……)
擦れ違う人々に内心ビクつきながらも魔法使いは考察を巡らせた。
(いいか? 最初からハードルを上げるな! 自分に出来る範囲からでいいんだ! まずは話し掛け易い相手を見つけて……)
作戦プランを行動へと移すべく周囲を品定めに見渡す。
(アイツは初級冒険者って感じだな? いやダメだ! 話し掛けた途端「このダークエルフめ!」とか斬り捨てられて経験値の肥やしにされても|堪《たま》らん! じゃあ、アイツは……ダメだダメだ! 屈強過ぎて怖い! ん? あそこで|転《うた》た|寝《ね》している老人は……いいや、騙されんぞ! ああ見えて、裏では名の知れた武闘家かもしれん! 話し掛けた途端「このダークエルフが!」と魔封●なんぞ喰らって炊飯器に封じられでもしたら……)
いや、早く決めろよ……とか作者ですら思った時であった。
路地裏で〝|独《ひと》りケンケンパ〟で遊ぶ女の子が目に留まる。
(子供……か。うん、子供ならイケる! オレでも話し掛けられるはずだ! よし! まずは、あの子にしよう!)
スカウトしますか?
▶はい ▷いいえ
「ケンケンパ! ケンケンパ! ケンケン……」
不意に陰った地面に違和感を|抱《いだ》き、幼女は顔を上げた。
大通りへの出口を塞ぐように、黒い|長外套《ローブ》姿の男が立っている。
逆光に映える長身が子供目線では威圧的にも感じられて怖い。
怪しい男が現れた!
少女は怯えている!
「お……お兄ちゃん、誰?」
少女の質問!
しかし|訊《き》いてなかった!
少女は怯えている!
「ハァハァ……だだだ大丈夫……こここ怖くないよ?」
ぎこちない笑い!
男は緊張しているようだ!
「ひい!」
少女は固まった!
「キキキキミ、悪い事に興味ない?」
|歪《いびつ》な笑い顔!
男は少女を覗き込んだ!
「ふ……ふぇぇ……マ……ママァーー! うわ~ん!」
少女は泣き出した!
助けを求めている!
「ちょっと待てーーッ! 何でオレが連行されねばならんのだ!」
「はいはい、詳しくは後で聞いてやるから」
両手にお縄で自警団に連行される魔法使い。
ざわつき|蔑視《べっし》を向ける|人集《ひとだか》り。
「誤解だ! 誤解なんだァァァーーッ!」
夕陽に呑まれて小さくなっていくシルエット……。
それを絶句したまま見送り、虚脱感任せに立ち尽くす勇者と|盗賊《シーフ》……。
「…………なあ?」
「…………何よ?」
「……もう|半荘《はんちゃん》、やる?」
「……マンツーだからレート三〇〇ね」
夕方の事件になりました。
[おしまい]