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第105話 港町オラル

 活火山があって天然温泉があり、港も近くにあるちょっとした田舎町。古傷を癒す元冒険者や、日々の疲れを癒すために訪れる人が多い観光地。それがこの街、オラルだった。

 ミノラルから馬車で揺れること数日。俺たちは姫を盗賊団から救出した褒美として貰った屋敷がある、そのオラルに来ていた。

「おっ、あれが港か」

「海って初めて見ました……湖とかとは規模が全然違うんですね。すごい綺麗です」

 屋敷に行く途中、俺たちは馬車の外に広がっている壮大な景色に目を奪われていた。

 潮の香りと、日の光を反射して煌めく水面。心地よい風が馬車の中を通り抜けていき、いつもと違う非日常感がそこにはあった。

 隣に座るリリは言葉以上に感動しているようで、水面の光が反射しているかのように目を輝かせていた。

 そのすぐそばで尻尾をぶんぶんと振っているポチも、普段と違う空気が気になっているようだった。

「すみません、少しだけ海を見たいんで、止めてもらってもいいですか?」

 俺が御者のおじさんにそう告げて馬車を止めてもらうと、リリは不思議そうに首を傾けていた。

「あれ? 初めに屋敷に行かなくていいんですか?」

「そのつもりだったけど、少しくらい寄り道して行こうぜ。こんなに近くを通ってスルーって言うのも、もったいないだろ」

 こんなに二人が興味を持っているのに、その気持ちを無視して屋敷に直行というのも酷な気がした。

 リリの隠し切れないようなうずうずとした様子が可愛らしく、俺はバレないように小さく笑みを浮かべていた。

「それじゃあ、少しだけ歩くか」

「はい!」

「きゃん!」

 嬉しそうな笑みと声が返ってきたので、俺たちは馬車をその場に残して港を歩くことにした。

 海には砂場があると聞いたことがあったが、目の前にはそのような景色は広がっていなかった。

 御者のおじさんに話を聞いたところ、ここは泳ぐには深すぎるらしい。その証拠に、海水浴はおらず、代わりに漁船が止まっていた。

「なんかいつもと風の感じが違いますね。なんて言うんでしょうか、少しまとわりつくような感じ、ですかね?」

「これが海風ってやつか。……確かに、言われれば違うかもな」

 リリの表現が的確なのか分からないが、言っている言葉の意味が分からないことはない。別に、嫌な感じはしないんだけど、少し肌に付くような感覚があるな。

 なんというか、不思議な感覚だ。

 そんなふうに他愛ない話をしながら歩いていると、釣り人の姿が見えた。

 白髪と地毛の黒色が混ざったような鼠色の髪を上げていて、ぶかぶかの白い半袖のシャツからでも十分に確認できるほど膨れ上がった筋肉をしていた。

「あ、釣りしてる人がいますね」

「あ、ああ」

 なんだろうか。最近この男と近い気配を持つ人にあったことがある気がする。初対面の人間であるはずなのに、俺は少しだけ身構えていた。

「ん? やぁ、若いお二人さん。旅行かな?」

 俺達のことに気づいたその男は、こちらに振り向くと破顔させたような笑みを向けてきた。思い切りの良い笑みを向けられて、俺は身構えた気持ちが微かに緩んだのが分かった。

「ええ、そんなところです。あっ、近いうちにここで釣りをしようと思うんですけど、ここって結構釣れますか?」

「おお、釣れる釣れる。自分のご飯を現地調達できるくらいには、釣れるぞ」

 男がすぐ近くにあった大きなバケツに視線を向けたので、俺たちは近づいてそのバケツの中に視線を落した。

「うわっ、凄い釣れてますね」

「本当だ」

 バケツの中には大きな魚が五匹ほど入っていた。結構大きなバケツだというのに、魚たちが動きにくそうに泳ぐくらい、バケツの中は魚たちで埋まっていた。

 個人的に釣りをするなら、これだけ釣れれば大漁と言えるだろう。しかし、俺がお願いされているのは近所に配るのではなく、売り物にするくらいの量。

 そうなると、この量では少し足りないかもしれない。

「魚を卸すくらい釣るためには、漁船とかに乗せてもらった方がいいんですかね?」

「そうだなぁ。漁船に乗ってもそんなに奥までは連れていってはくれないし、あまり変わらないかもしれんぞ」

「奥まで行けない? えっと、なんでですか?」

「ふむ。ここら辺は問題ないが、ある程度ここから離れると、凶暴な魔物が現れるからだ。たとえ、海の上であってもね。まぁ、たまにこの辺にも現れるが」

 ……それじゃあ、ここも危ないんじゃないか?

 そんな俺の考えをそのままに、男は何事もないかのように言葉を続けた。

「あそこに島が見えるだろう? あそこなんて最悪だ。危険すぎて誰も近づきはしない。修行に明け暮れる荒くれ者か、自殺志願者以外は近づかないだろうな」

「なるほど。海ってもっと穏やかなのかと思ってました」

「穏やかな海もある。ここからしばらく行けば砂浜もあるからね。そこら辺なら、浅瀬だからそんな危険な魔物はでないよ」

「あっ、泳げるところもちゃんとあるんですね」

「ああ。遊ぶならそっちをおススメするね」

 話を聞いた感じだと、あの島付近が危ないとかなのだろう。

 今回の目的を考えると、あまりあの島付近には近づかない方がよさそうだな。

「それじゃあ、少し海も見たし屋敷に向かうか」

「……」

 隣にいるリリにそう告げて馬車に戻ろうとしたのだが、リリはしばらく男が指さした島から目を離そうとしなかった。

 海をただ眺めるにしては、真剣すぎる顔つき。

「リリ?」

「あ、はいっ。そうですね、向かいましょう」

 それでも、俺が名前を呼ぶとリリはすぐにいつもの表情に戻った。少しの引っ掛かりを覚えて、何かを聞こうとしたのだが、リリのいつも通りの笑みにかわされてしまった。

 その後に屋敷に向かう道中、ポチのお腹を笑顔でわしゃわしゃと撫でまわすリリの姿を見て、俺はその引っ掛かりを静かに呑み込んだのだった。

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