第四十話 そのころ(1)
ギルドに残った千明は、蒼を問い詰めていた。
「蒼さん!」
二人だけ残されたのが、気に入らなかったのではない。
自分だけ事情を知らないのが気に入らないのだ。
「だから、孔明には、妹が居て、怪我をしていて、それで・・・。あぁ面倒だ!」
蒼は、真子にも会って話をしたこともある。
事情も理解している。真子が治るとも思っていないが、孔明がなんとかして治そうと足掻いている状況も理解している。
「あぁ説明を放棄した!普通の怪我なら、スライムさんが一緒に行く必要はないですよね?茜も一緒なのは何故?私だけ知らされていない!?」
千明も遠慮が無くなっている。
通常の怪我なら、ポーションの作り方が判明している状況だ。すぐに治す必要が無ければ、実験をしてからでも十分なはずだ。
それに、(千明視点では)スライムを呼び出して一緒に行く必要は皆無だ。
「俺から聞いたというなよ?」
千明の猛攻に蒼が折れた形になる。
それに、孔明もギルド内に隠しておく必要性を感じていない。
「うん!(でも、私が知っていたら、情報の出元は蒼さんだと解ると思うけど?いいかぁ!)」
千明は、思っていた以上に酷い話にドン引きしていた。
「え?孔明さん!最初から、現場の人ではなかったの?」
「そうだ。奴は、真子の怪我を治すために・・・。研究所の所長の座を蹴って、現場に配置替えを希望した」
「・・・。でも、欠損を治すようなスキルやポーションは、世間では見つかっていませんよね?」
「あぁ孔明も解っている。だからこそ、可能性がある現場に配置換えを志願した」
「ん?今の言い方だと、志願はしたけど、認められなかった?」
「ん?あぁ認められたけど、孔明が望んだ状況ではなかった」
蒼は、自衛隊の隊員に課せられている条約を説明した。
簡単に言えば、自衛隊の隊員が作戦行動中に得た物は、国家に帰属する。そのために、孔明が真子に使おうとしたら、真子の状態を登録して”実験”としてアイテムを使用するしかない。孔明は、”万が一”に縋った。
「へぇ・・・。今回は、茜が持ってきたレポートを使って、試してみるのね」
「そうだな。それで、茜がスライム殿に連絡をしたのだろう。何か、別のアプローチがあるのだろうけど・・・」
「うん。きっと、聞かないほうがいい方法だよ」
千明は、それだけ言って手元に視線を向ける。
「その水見式だけでも大きく世界が動くぞ?」
「そうなの?だって、スキルを持っている人しか使えないのでしょう」
「そうだな。それでも、自分の特性がわかれば、スキルが狙えるかもしれない。多分、スライム殿はスキルを取得する方法も判明しているように思える」
「え?」
「それだけ・・・。まぁいい」
蒼は、千明の頭に手を置いてごまかすように手を動かす。
千明も、ごまかされていることには気が付いているが、蒼が何を心配しているのか解っているので、これ以上は突っ込まないようにした。
「ねぇ真子さんの事故って偶然?」
「ん?急にどうした?」
「あっ。真子さんの事故って偶然?確か、孔明さんは、ご両親も事故で亡くしているよね?」
「あぁ両親は、ひき逃げだな。犯人は、結局見つかっていない。真子の事故も、不審な点が多かったが、事故で処理されている」
「え?それって・・・。私と一緒?」
「ん?なんだ?」
「私の両親も、事故で・・・。話したよね?それで、結局、犯人というか、事故を起こした人は捕まったけど、おかしいの・・・」
「どういうことだ?話せよ?」
「うん。あのね」
千明の両親は、記者をしていた。新聞社ではないが、官僚の不正を追いかけていて、事故にあった。
よくある信号無視の車に突っ込まれた。突っ込んだ奴は、現場に車を乗り捨てて逃げた。ひき逃げ事件として捜査された。3日後に、男が派出所に出頭して、ひき逃げを告白した。
「何がおかしい?」
「出頭した人は、20代の男性で、大学を卒業したばかりで、地方に就職していて、事故を起こした東京には住んでいなかったの」
「それで?」
「パパとママは、国産の軽を使っていたの・・・。小回りが・・・。とか、言ってね」
「あぁ」
「その大学を卒業したばかりの男は、メルセデスベンツC200セダンの新車なの・・・」
「ん?」
「それで、私も前の職場に入ってから調べたの・・・。そうしたら、その人・・・。大学を企業系の奨学金を受けていて、その企業がパパとママが調べていた官僚と深く関わっていて・・・」
「え?」
「事故を起こした男の人は、免許を持っていなくて・・・。あと・・・。事故の時の車の写真」
千明は、スマホに保存してある写真を蒼に見せた。表示されているのは、事故現場の写真だ。一台は激しく損傷している。道路にはブレーキ痕は見られない。弁護士が警察から証拠写真として預かったのを撮影した物だ。最初は、証拠というよりも、両親の最後を残しておきたかった。左ハンドルのC200が軽に正面から突っ込んでいる。左ドアが開け広げられている。
「・・・」
蒼は写真を見て、不思議に思ったが、エアバッグが作動していない。C200クラスの車なら、正面から衝突しているのなら、エアバッグは作動する。座席が後ろ過ぎる。ハンドルが右に切られている。この手の事故は何度も見ているが、正面衝突の場合にはぶつかる瞬間に回避行動を取る場合が多い。しかし、まるでぶつけに行っているように見える。
千明が次の写真を見せる。
「それで、これが事故を起こした男の人」
大学時代の写真だろうか?大学名が書かれた門の前での写真だ。門の高さは不明だが、他に写っている物から考えると、身長が150cmに満たないと思われる男性がぎこちない笑顔を向けている写真だ。
「千明。これ・・・」
「ね。おかしいでしょ。私も、最初は気が付かなかったけど・・・。座席が後ろ過ぎるよね?あと、この男の人。奨学金以外にも、借金があったみたい。そんな人が、C200のセダンを買う?あっC200は1年落ち程度で、新車だったみたいよ?」
「わかった。千明は、調べたいか?」
蒼は、スマホを千明に返して、千明をまっすぐに見る。
「え?そりゃぁ・・・。調べたいけど・・・。真実なんて求めていない。パパとママがなんで殺されたのか知りたい」
今まで堪えていたのか、心の棘だったのか、千明にも解らない。
蒼に言われて、何が知りたいのかを初めて口にした。そして、涙が流れ出したのに、自分が驚いてしまっている。
蒼は、慌ててよれよれのハンカチを取り出して、千明に渡す。
笑い顔でハンカチを受け取って涙を拭いた。
「孔明と円香に相談しよう」
蒼の言葉は、ギルドの力を使おうと言っている。
「え?いいの?」
千明が躊躇するのも当然だが、蒼は大丈夫だと思っている。
「あぁ茜も巻き込めたらラッキーだな。あと、出来たら貴子殿も巻き込めたら、最高だな」
「え?なんで?茜は解るけど、スライムさんは関係がないよね?」
「そうだな。関係ないが、持っているスキルは、相手が国家に近い位置に居る連中なら、餌にもなるし、武器にもなる」
「え?なんで?」
「千明。ご両親の話は、皆に話していいか?」
「・・・。うん。私も、真子さんの話を聞いちゃったから・・・」
千明は、蒼が話を変えたことから、スライムに対する話は聞かない事にした。
確かに、スライムが味方になってくれるのなら、心強いとは思うが、”怖い”感情が皆無ではない。自分の直感を信じるのなら、スライムには深入りしないほうがいいと思える。
しかし、ギルドの職員としては、深入りしないという選択肢は既に選べない。
”みゃぁみゃぁ”
「そうね。もう手遅れだね。アトスが居るのよね」
アトスから教わった、魔力を糸状にして、放出する方法が出来てしまっている。
便利だと思えるから”質が悪い”と思っている。