第七話 打診
「リン様。さきほどのお話では、門は反対側にもあるのですよね?」
アッシュは、何かを考えてから、質問を始めた。
森の中の村に行くのには問題は無いようだ。神殿の中よりも、やれることが多いと思っているようだ。
「ある」
隠すようなことではない。
アッシュを仲間に引き入れたい。俺には、人を見る目がない。俺の代わりに、人を見る人物が欲しい。アッシュなら大丈夫だろう。忠誠心は、俺に向いていなくても、ローザスやハーコムレイと歩調が合っている間は、裏切らないだろう。
だからこそ、神殿ではなく”森の村”を担当して欲しい。
「アロイを越えた場所ですか?」
流石は、情報に通じているアッシュだ。
些細な情報から正解を導き出す。
「そうだ。マカ王国に向かう街道と他の貴族家に向かう街道が交わっている場所だ」
アッシュは、何やら考え始めた。
場所の特定と情報の整合性を取っているのか?
「そうですか、既に王家との話も終わっているのですね」
流石にあの土地がどこの土地だったのか知っているようだ。
どこまでの情報を持っているのか、やはり村長になって欲しい。
「そうだ。直轄領を買った」
正直に答えておこう。
後で、事情が解って、何か言われるよりは、調べたり、誰かに聞いたり、すぐに判明するような話は、教えておいた方がいい。解っていれば、それ以上は調べないだろう。
「買った?下賜されたのではなく?そういえば、リン様だけではなく、ニノサ殿に陞爵の話が出てきていませんし、新しく貴族家が興った話もない」
アッシュは、記憶を呼び起こしながらブツブツと言っている。ローザスや本筋からの情報以外にもルートはあるのだろう。
しかし、俺が土地を買ったという情報は流れていないようだ。
アッシュが入手出来ていないのなら、貴族にも情報が流れていないと考えていいだろう。
ローザスかハーコムレイが上手く処理をしたのだろう。
それか、よほど口の堅い者が懐にいるのだろう。
「そうだ。”とある”情報を売った。アッシュなら知っているだろう?」
アッシュが知っているのか?
情報の効力が出始めていれば、アッシュなら知っているはずだ。
「情報?」
ヒントがないと、難しいか?情報がまだ出ていないのか?
それともごまかしているのか?
「そうだ。多分、ニノサが最後に調べていた情報を、ハーコムレイと通して、ローザスに売った」
ニノサの名前だけにしておこう。
サビニがサビナーニなのは確定だとして、母親としての意識が強過ぎて、皆が言っている象との乖離が激しくて意識が追いつかない。
「・・・。それは・・・。ん?アゾレムの情報ですか?」
「さぁな。それで、勲章や爵位とか言い出したから、勲章や爵位を貰っても持て余す。だから、神殿の出入口の土地と交換した」
「ははは。ニノサ殿と同じ事をおっしゃったのですね」
「え?」
「ニノサ殿は、幼かったローザス殿下を賊から守った功績で、騎士爵と勲章の授与が内定していたのですが、”勲章では飯が食べられない。騎士爵になると好きな所に行けない”と固辞されたのです」
「・・・」
「それで、リン様。アロイ側にも村があるのですか?あの土地は、何もない土地だったと・・・。記憶していますが?」
何もない土地というのは正しくないな。
確かに、すぐに崖になっていて、街道以外の場所は小規模の森になっていた。何もないわけではない。人が住みにくい場所だっただけだ。
「村を作った」
神殿の力は伝える必要はないが、事実だけでも伝えておいた方がいいだろう。
「作った?」
その反応は当然だな。
アッシュは、いろいろ考えているだろう。もっている情報から、大量の資材をアロイ方面に運んだ情報がなければ、村を作るのは不可能だと考えるだろう。常識的な考えで、俺が欲しいと思っている。常識的な判断ができる。極上の情報通だ。
こうして話していれば話すほどに、アッシュが欲しい。
アッシュが人を見てくれれば、安心できる。
「方法は秘密だが、村がある」
方法を教えるのは、村長に就任して、魔の森に作った村に辿り着いてからだ。その時に、神殿の力を少しだけ見せる。
他の者が持っているのと同じ情報だ。情報は、隠せると思わないほうがいい。どこから漏れてもいいようにしておく方が健全だと思っている。だから、神殿の力も本当に隠さなければならないこと以外は、公開してしまえばいいと考えている。
「そうですか?村があるというのなら、村長は決まっているのですか?」
アッシュも、俺の意図がわかるのだろう。
質問を飲み込んでくれた。
「村長は、ナナだ」
村の名前はいう必要はないだろう。
あれ?町?だっけ?
まぁ人が少ないのだから、村でも町でもいいよな。人数以外に、何か違いがあるのか?
村と言っておいて、城塞があるような村を見たら驚くだろう。
うん。村ってことにして話を進めよう。
「ナナ?聞かない名前です。ニノサ殿の関係者にも、サビナーニ様の関係者にも居なかったと思います。リン様のお仲間なのですか?」
アッシュが知らない?
「あぁそうか・・・。ナナは、ニノサとサビニのパーティーメンバーだったと聞いているぞ?アスタが本当の名前で、ナナは魂ネームとか言っていた」
簡単に説明すればいいか、別に、ナナの過去は俺には関係がない。
サビニに恩義を感じていて、俺たちの味方になってくれる。今は、これだけで十分だ。
そして、アゾレムや宰相派閥の連中と敵対する覚悟を持っている。
それだけ解っていれば、信頼はわからないけど、信用はできる。
「リン様。もうしわけありません。もう一度、昔の名前を言っていただけませんか?」
アッシュの声が・・・。
眉間に皺が出来ている。
「ん?アスタだ。本当の名前か知らない。ガルドバが、アスタと呼んでいた。ハーコムレイも知っていたから、アスタで合っている・・・。ん?どうした?」
もう一度、今度は、俺が知っている情報を追加して、ナナの事を語ってみた。
途中から、アッシュの表情が変わる。恐れとは違う。恐怖しているというのとは違う。嫌悪?違う。できるだけ、関わりたくない人物の名前を聞いた時の反応か?
ナナが聖人君主だとは言わない。ニノサの名前を聞いた時の反応から、多分”同族嫌悪”に近いだろう。
だからというわけではないが、ニノサとナナが一緒に居て、化学反応が発生しなかった?そんなはずはない。絶対に、俺たちが知らないこともしてきただろう。もしかしたら、盗賊の2ダースくらい首を刎ねていても驚かない。
「リン様。リン様が、アスタと懇意にされているのは、ニノサ殿との関係を考えれば・・・。しかし、あのアスタですか?」
アッシュが急に饒舌になった。
今までのしゃべり方とは違う。こっちが”素”か?
”あの”という言葉をつけているのか?
アッシュが知っているナナと俺が知っているナナでは乖離がありそうだ。
ハーコムレイは知っていたが、”丁重”という言葉がついていた。
ナナにも何か秘密があるのだろう。
ナナにも、ニノサかサビニとの間に、何があったのか教えてもらっていない。ナナは、マヤのことを知っていた。パーティーを続けなくなった理由にマヤが関係しているのか?
神殿の話を聞いた時にも、驚いていたが、すんなりと納得していた。
「”あの”?すまん。俺は、ナナの事は、アロイで宿屋をやっていることと、ニノサたちとパーティーを組んでいたこと、ガルドバと一緒に居ることくらいしか知らない。サビニ、大きな恩義があるから、俺とマヤを守ってくれている。くらいか?」
アッシュに村長への就任を打診をしたが、保留されてしまった。
謎や聞かなければならない事は増えたが、アッシュだけではなく、ローザスやハーコムレイにも話を聞きたい。そのうえで、アッシュもナナと話が出来れば前向きに考えると言ってくれたのが救いだ。
ナナの過去は、ゆっくりと聞かなければならない。
大人たちの間には、俺やマヤが知らない事情があるのか?
誰に聞くのが・・・。