第82話 ワイバーンとの戦い
ワイバーンが暴れているという情報を手に入れて、俺たちはミノラルとドニシアノ中間にあるタルト山脈に来ていた。
そして、ワイバーンが暴れていると言われている場所までやってきたのだが、そこには不思議な光景が広がっていた。
黒色のワイバーンに対面するように、そこには白いモフモフがいたのだ。
とてもじゃないが、争いをするにしてはその大きさは不釣り合いすぎるだろう。
なぜこんな所に、あんな可愛らしい生き物がいるのだろう。
そんなことを考えて、もう数歩近づこうとしたときにワイバーンが唸り声と共に、そのもふもふに突撃するように、走り出した。
「あ、アイクさん!」
「ああ! 行くぞ、リリ!」
圧倒的な体格差と、体の汚れ具合から圧倒的に子犬の方が劣勢だった。これ以上の攻撃を受けたら、あのもふもふは立っていられるか分からない。
そう思った俺たちは、互いに勢いよく走り出していた。
【鑑定】でワイバーンのステータスを見てから突っ込むべきなのは分かっているが、そんなことをする時間もなかった。
【潜伏】、【肉体強化】、【剣技】、【道化師】。それらのスキルを複数発動させて、俺は高く跳びあがってから短剣を引き抜いた。
狙う場所はワイバーンの首元。ちらりとリリの方を確認すると、リリは尻尾の方を標的にしているようだった。
俺たちはアイコンタクトでタイミングを合わせると、重力を活かしながら短剣でワイバーンを切りつけた。
「ギャアアアアアアア!!」
同時に首と尻尾に斬撃を受けて、ワイバーンは驚きと痛みに苦しむような声を上げた。
さすがに、一撃で首と尻尾が取れるというようなことはなかったが、それでも結構深くまで短剣が入ったようだった。
短剣についた赤い液体を見るに、軽傷であるようには見えない。
「ギシャア!!」
しかし、ワイバーンはすぐに何かがいると気づいたようで、尻尾と首を強くぶん回して、周囲にいる何かを振り払おうとした。
俺は【道化師】の中にある【瞬動】のスキルを使って、その場から離脱してもふもふのすぐ隣に立った。
「まずいっ、リリ!!」
リリには俺のように緊急回避できるスキルがなかった。ワイバーンの直撃を食らえば、ただでは済まないだろう。
思わず声を上げてリリのいる方に叫ぶと、その尻尾が何かにぶつかったようにして弾かれた。
それが攻撃してきた正体だと思ったのか、ワイバーンはさらに強くその見えない何かを尻尾で叩きつけた。
突然切りつけられたことに対して怒っているのか、興奮した状態でその透明な何かを必死に攻撃している。
あれは……リリの結界か?
どうやら、リリも寸でのところで結界を張って攻撃から逃れたらしい。
とりあえずは安心だが、そんな流暢にもしてられないだろう。
俺は次の一手を講じようと、手元にあった短剣を鞘に収めてアイテムボックスから別の短剣を二本取り出した。
「グルルッッ」
そこでふと、隣からワイバーンとは別の唸り声が聞こえてきた。
ちらりと横眼で確認をしてみると、そこには白いモフモフが毛を逆立てていた。牙を剥き出し、見えない何かを噛み殺そうとする勢いがあった。
「安心しろ、俺たちは味方だ」
俺が【潜伏】のスキルを解いて、白いもふもふと目を合わせると、そのもふもふは体をビクンとさせて驚いていた。
得体の知らない何かが冒険者だったことに驚いたのか、毒気を抜かれたように目を見開いている。
仲間であることを理解したお云う訳ではないようだが、敵意がなくなっただけ十分だろう。
俺は少しの笑みを漏らして、アイテムボックスから取り出した二本の短剣を掴んで、その短剣に魔法を唱えた。
「『ファイアボム』」
俺がその魔法を唱えると、両手にある短剣の刀身が熱を持ったような赤色に変わった。鉄を高温で熱したときのように、その熱をそのまま蓄えたような刀身。
この二本の短剣は、俺が作った魔法を一時的に蓄える性質を持つ短剣だ。
どちらも武器ランクはB程度の短剣。それでも、【投てき】と【肉体強化】をした俺の力なら、ワイバーンの体にこの短剣を突き刺すくらいはできるだろう。
俺は魔法を付加させた短剣を【道化師】の中にある【偽装】のスキルを使って、見えないものに偽装をした。
そして、無防備にこちらに背を向けているワイバーンに向けて、俺はその短剣を投げつけた。
何度も回りながらワイバーンの背中に向かって一直線で向かっていった短剣は、そのままワイバーンの背中に突き刺さると、大きな二発分の爆発を起こした。
「ギヤァァ!!」
中級魔法を溜め込んだ短剣は、刀身をワイバーンの背中に突き刺した状態で、その爆発を生じさせた。
ワイバーンの体の半身ほどの大きさの爆発が連なり、煙と焦げたような肉の匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。
内側からの爆発。さすがに、堪えたのかワイバーンの足元がよろけていた。
どうやら、少し荒々しいがこの攻撃パターンは効くようだ。
「……あれ? そういえば、依頼は調査だったよな?」
そんなことを思い出した俺の前で、ワイバーンは大きな音と共に地面に倒れ込んだ。
どうやら、蓄積ダメージと俺たちの攻撃を受けて立っていることができなくなったらしい。
ただ小さく唸ることしかできなくなったワイバーンの姿を見て、俺はふとそんなことを思ったのだった。