9 キャラバンの村/ミト、最終試験③
――グオォォォ!!!
グリズリーは咆哮すると、立ち上がった。先に侵入していた民家と同じくらいの高さだった。
「やっこさん、キレたな。ここからだぞ!ミト!」
ラクトが声を張った。
二足歩行のまま、グリズリーはその大きさでプレッシャーをかけながら、ミトに近づいてきた。
ミトは姿勢を低くしたまま、グリズリーの動きに、呼吸に合わせるように、右、左と揺れ始めた。
グリズリーの影の中にミトが完全に入った。
――シュッ!
グリズリーの左前脚の爪が、ミトの身体を突き刺しにかかる。
――スッ!
ミトは揺れながら、少し下がって身体を反らし、すんでのところで爪をかわした。
――ブンッッ!
傷ついている右前脚を、構うことなく、ミトに向かって振り回す。
――ガギッッ!
すかさず鋭い牙の噛みつき。
――シュシュシュ……!
両前脚を交互に繰り出す素早い突き刺し。
反撃を与えさせないグリズリーの連続攻撃がミトを襲う。
――カキンッ!
しかしそのどれもを、右手で逆手持ちに握ったダガーで防御もしながら、ミトはよけ続ける。
ミトは、傷一つ負っていない。グリズリーの次の動きが分かっているかのようだ。
「いいぞ!いいぞ!」
「ミトくん!がんばって〜!」
「トドメさせ!ミトぉ〜!」
周りの観衆の応援の声が、ミトに呼応するように高まっていく。
そんな中、マナトはミトとグリズリーの戦いを目の当たりにして、唖然となっていた。
先に、長老の言っていた修行を、自分も積むことができれば?……いや、どう考えても、自分がいくらこの村で修行したとしても、ミトのような動きができるとは到底思えない。
最初のグリズリーの右前脚の一閃で、心臓まで貫かれて死んでしまっているだろう。
「……こんな世界で、生きていけるのか」
心の声が漏れていた。
「大丈夫じゃ、異国の若者」
「えっ?」
声のするほうにマナトは目を向けた。長老だった。
「慣れというものが、人には備わっておる。そのうち、この世界にも慣れてしまうじゃろう。心配せんでええ」
「はぁ……」
「決着が着くぞ……!」
ラクトが言い、マナトは目線を戻した。
グリズリーが両前脚を広げた。
すばやくよけるミトの動きを封じて捕らえようと、自身の重さと大きさを利用してミトにのしかかりを仕掛けてきた。
一瞬、グリズリーに覆い被さられ、ミトが隠れてしまった。
「あぁ!ミトが喰われる!」
観衆からまた悲鳴が上がった、その時だった。
――グサッ。
グリズリーの頭から、ミトの持つダガーの剣先が現れた。
「やりやがった!」
ラクトが叫んだ。
「うむ!あっぱれ!」
長老が満足そうに頷いた。
グリズリーの、顎から頭にかけて、ダガーの刃が貫かれていた。即死。悲鳴すらなかった。
そして、ミトの横をずり落ちるように、グリズリーは倒れた。
「ミトよ!おめでとう!キャラバン最終試験、合格じゃ!」
長老が大声で言った。
見ていた観衆も、一斉に歓声をあげた。