2 異世界転移
風がそよそよと吹いて、膝ぐらいまでに伸びた草が、気持ちよさそうに揺れている。
「ここは、いったい……?」
マナトは起き上がった。
見晴らしはよく、傾斜の先、遥か地平線を眺めた。
「……砂漠だ」
地平線の先、見えるのは砂漠のようだ。それも、かなり広大な範囲と思われた。青色の空とくっきりと区別がついて、砂色の世界が広がっている。
そして、横を向くと、木々が生い茂っている。森のようだ。
……夢の中?いや、死後の世界か?
マナトは自分の身体を確認した。
服装は、職場から帰ってきてから、何も変えてない。つまりスーツのままだ。上は白いカッターシャツ、下は黒のスラックス。靴も革靴。
ケータイ……あぁ、そうだった。電源オフにして、家に置いたままだ。
そして、夜の街を徘徊しているうちに、暗がりの中、おそらくワゴンクラスの車にぶつかられたような……。
「……んっ?」
マナトは人の気配を感じた。
森のほうから、1人の青年が、こっちにやって来た。
身なりは、シルクのような生地の黒い下着に、どこかの国の民族衣装などで見たことがあるような、茶色とベージュ色の生地を交互に縫い合わせたものを肩にかけ、また腰巻きでとめている。
右腰には、両刃の短剣をつけている。確か、ダガーという刃物だったような。
「やあ、異国の人」
青年が話しかけてきた。
「あっ、どうも」
「僕はミト。よろしく」
「マナトです」
お互い、挨拶した。
言葉が通じる。とりあえずマナトはホッとした。
年齢は、たぶん、マナトと一緒か、少し下くらい。耳に少しかかるくらいの黒い髪の毛に、細い眉。細めの若き肉体。
好奇心に満ち溢れているのが分かるほど、黒い瞳は輝いていて、口元には微かな笑みが含まれていた。
「どこから来たの?」
そして、ミトと名乗った青年は、物珍しそうにマナトを見て言った。
「あっ、いや、それが、その、僕のほうが聞きたいといいますか……」
――ザッ、ザッ、ザッ。
――ザッ、ザッ。
何かが羽ばたく音がする。
「あっ!」
ミトが空に向かって指差し、それを凝視した。マナトもつられて見上げた。
「ドレイクだ……!」
「えっ?ドレイク……えっ!?!?」
マナトは我が目を疑った。
青紫色の綺麗な鱗に身を包んだ長い胴体。腹の部分は少し白くなっていて、背にあるトゲのついたヒレは逆に色が濃くなっている。
そして、その胴体よりも長い尻尾、前脚と後ろ足には立派な爪。頭部は、耳のあたりから生えた2本の角に、少し広めの顎から先端にかけて細くなっている口元からは鋭い牙がちらつき、眼は緑色の宝石のように輝いている。
そして、背中から生えた、胴体の何倍もある巨大な翼を広げた竜のような生物が2体、マナトとミトの遥か上空を悠々と飛んでいた。
「ど、どこかに隠れないと!!」
「大丈夫。ドレイクは頭がよくて、こちらから仕掛けなければ、僕らを襲うような事はしないよ」
感動した様子で、ミトが言った。
「このクルール地方で、ドレイクが見られるなんて……」
しばしの間、ミトは、ずっと続く砂漠方面へと飛んでゆくその生物を、ただただ見ていた。
2体のドレイクが、やがて、遥か砂漠の地平線へと、消えてゆく。
「……あっ、ところで、君は……あれ?」
ミトが振り向いたとき、マナトの姿は、そこにはなかった。