第72話 アイクの実力とギース達
「頼み、ですか」
「ああ、ぜひお願いしたい。私は『白狼の牙』というパーティで、リーダーをしているルードだ」
ルードという男は少し息を切らしながら、そんなことを口にした。俺が差し出された手を握ると、ルードは微笑を浮かべて俺の手を握り返してきた。
「今、大規模なクエストに臨んでいるのだが、少し調子の悪いパーティがいてね。できれば、そのパーティの代わりに一緒にクエストを攻略して欲しいんだ」
クエストの詳細を聞くと、この近くで魔物の巣が見つかったらしい。その巣からの分隊がこの洞窟に住み着いていて、その魔物の大軍を殲滅させるのが今回のクエストとのことだった。
「そこまで凶暴な魔物がいるという訳ではないんだ。ただ量が多くてね、できれば手伝って欲しい」
洞窟の中にいる魔物。上手くいけば、武器に必要な素材が手に入るかもしれない。
そんな思いと、冒険者のよしみということもあって、俺はその提案に乗ることにした。
ちらりとリリの方に視線を向けてみると、リリも反対という訳ではなさそうだった。
「分かりました。力になれるか分かりませんけど、俺達でよければ」
「随分と謙虚なんだな。ハイウルフを一瞬で倒せるんだ、十分すぎる力だよ」
俺達が倒したハイウルフ達を眺めながら、ルードは少しの笑みと共にそんなことを口にしていた。
こうして、俺たちは『白狼の牙』と共に、クエストに参戦することになったのだった。
「おう、ルード。戻ってきたか」
「お疲れ様です。後はこの先にある魔物の集団を叩けば、もう終わりです」
「二人ともすまない。本当に助かったよ」
ルードに連れられて洞窟の奥に進んでいくと、そこにはすでに複数のパーティがいた。そのうち二人が、ルードに軽く手を振りながら近づいてきた。
「ん? ルード、その二人は誰だ?」
当然、急に知らない奴らがいたらそんな反応にもなるだろう。
ルードに近づいてきていた二人の目は、俺達の方に向けられた。
「ああ。さっき洞窟の外に逃げたハイウルフ達を倒してくれた冒険者だ。少し戦力を補強した方がよさそうだったから、連れてきたんだよ」
「あー、確かに。一組があれじゃあな」
くすんだ髪色をしている男がそんなことを言いながら、ちらりと意味ありげな視線をどこかに向けていた。
その視線に釣られるように、視線をその男と同じ方向に向けようとしたときーー
「あ、アイク?!」
「え?」
聞き覚えのある声がして、その方向に視線を向けると、そこにはギース達がいた。
俺のことをおふざけ枠だと言って、俺のことをパーティから追放した張本人であるギース。
さらに、俺が抜けたときにいたパーティメンバーが勢ぞろいしていた。
「なんでアイクが?」
エルドは俺の姿を見ると、分かりやすく顔を歪めていた。他のメンバーも同じようで、俺に蔑むような目を向けているようだった。
「なんだ、知り合いなのか」
「なんで、何もできないお前が、こんな所にいるんだよ!!」
しかし、その中で一人だけ苛立ちをぶつける勢いで、俺を睨んでいる人物がいた。
ギースは俺がこの場にいること自体が気に入らないのか、大股で俺の前までくると、俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。
俺がその手を払おうかと思ったとき、俺が行動に移すよりも早く、ルードがギースの手を払った。
「やめてもらおうか。彼らはハイウルフを一瞬で倒せるほどの実力があるパーティだ。怒りに任せて侮辱するのは失礼だろ?」
ギースを軽蔑するような声のトーン。俺達が来るまでの間に何があったのか分からないが、その声には少し怒りの色が見えた気がした。
そして、そんな扱いを受けたギースが穏やかでいれるはずがなく、ギースは怒りの矛先を変えたように声を荒らげていた。
「はぁ?! 馬鹿か! こいつは何もできない落ちこぼれだぞ!」
「落ちこぼれ? 君は何を言っているんだ?」
ギースの言っている言葉の意味が分からない。そんな困惑するような表情をルードに向けられて、ギースは自分の言っていることが伝わらない歯がゆさに、歯ぎしりをさせていた。
そんなとき、洞窟の奥から俺達のことに気づいたのか、一体のオーガが様子を見るようにして現れた。
それを見つけたギースは俺の方に勢いよく顔を向けると、俺に嘲笑うような表情を向けて言葉を続けた。
「おら、アイク! お前に実力があるって言うなら、今ここでオークを倒してみろよ!」
ちらりとこちらに向かってくるオークを確認すると、俺よりも一回り以上大きな体をしていた。太い大木から作ったようなハンマーを片手に、こちらに突っ込んで来ている。
「分かった。オークくらいなら、俺一人で倒せるよ」
「はっ!! 聞いたかよ、アイクがオークを一人で倒すってーー」
ギースが俺を馬鹿にするような言葉を後ろに置き去りながら、俺は【道化師】、【剣技】、【肉体強化】のスキルをすべて使って、地面を強く蹴った。
正直、ここまでスキルを使わなくてもオーガなら倒すことができただろう。
俺のことをおふざけ枠だと言っていたギース達に、俺の今の力を見せつけたかったのかもしれない。
その証拠に、いつもよりも強く短剣を握りしめていた気がした。
軽くなった体で筋力を増強させたせいか、俺はオーク自身も気づかないほど速く、オークの足元にたどり着いた。
そして、その勢いのまま短剣を引き抜いて、肩口に向かって短剣を切りつけた。
「オォォ!」
オークは突然切りつけられたことに対する、驚きと痛みの混じった声を漏らしながら、その場に倒れた。
肩から腰に掛けて深くて大きな刀傷を残して、そのままオークは動かなくなった。
「……は?」
短剣についた赤い液体を振り払って、ギース達がいた方に振り返ってみると、そこにはあほ面をしているギースの顔があった。
おふざけ枠と言うにはちょうど良い顔をしている。そんなこと思って、俺は少しだけ大人げなく口元を緩めていた。