第67話 魔物肉の品評会
リリが簡易的なキッチンで料理をしている間、イーナが品評会に呼んだゲストの紹介をしていた。
その紹介の間も観客の視線は、料理をするリリに向けられていた。
肉が熱い鉄に押し付けられるような音が聴覚を刺激して、溢れた肉汁とソースの香りが嗅覚を刺激する。
風に乗って運ばれてきた情報が勝手に脳内で味を調えて、各々の脳内には完成した料理が並べられていることだろう。
完成した料理が目の前に運ばれてくるよりも早く、ゲストと観客の頭の中はリリの料理で埋め尽くされていたと思う。
イーナは観客たちの視線が自分に向けられていないことを知りながら、今回使われている魔物肉はイーナのルートでしか手に入らないことや、俺たちがイーナの専属であることの紹介などをしていた。
イーナの専属だと言い張らない限り、永遠に多くの商人に営業をかけられることになるとのことだったので、イーナの専属ということにしてもらった。
俺達とバングを含めた『道化師商会』として、新たにブランドを立ち上げることなどを宣言して、リリの料理が運ばれてくるまでの間を繋いでいた。
そんな熱弁がリリの料理の音と香りにかき消されても、イーナは熱弁をやめなかった。
……後半は商人としての意地なのか、さらに言葉に熱が入っていた気がする。
「イーナさん、できました」
そのリリの一言で観客が湧き、イーナの熱弁は中止せざるを得ない状況になり、イーナはリリと共にできた料理をゲストへと運んでいった。
遠目からだと分かりにくいが、何かのステーキと揚げ物だろうか?
ここまで匂ってくる香辛料の香りとソースの香りに、俺は無意識の内に腹を鳴らしていた。
俺が物欲しそうな顔で見ていたのに気づいていたのか、リリはゲストに料理を配り終えると俺のもとにやってきた。
その手には二つの皿があり、いくつかの料理が乗せられているようだった。
「アイクさん、私達もご飯にしましょう」
「え? いや、いいのか? リリがこっち来ちゃって」
「いいんです。私、アイクさんの助手なので」
リリはそんなことを言って小さく笑うと、俺を連れて少しだけステージから離れたベンチに腰を下ろした。
観客の視線がステージに向けられている中、俺とリリは二人だけの品評会をそっと開始することにした。
「これは、ステーキか。あとは、衣をつけて揚げた物と薄く切ってあるのはローストか」
皿に並んでいる料理はファング肉のステーキとロースト、ハイヒッポアリゲーターの揚げ物だった。
ステーキは香辛料と塩だけで極力シンプルに、ローストには茶褐色のソースが掛けられており、揚げ物にはローストよりも赤みがかったソースが絡められていた。
「結構自信作なので、温かいうちに召し上がってください」
「ありがとうな。それじゃあ、頂くか」
俺はその中で主張が強かったステーキから口にした。ステーキは肉が柔らかく、ファング肉なのに獣臭さを一切感じない。噛めば噛むほど溢れてくる肉汁は、ガツンと口の中に広がりながら、香辛料によって味が引き締められていた。
ハイヒッポアリゲーターのから揚げは甘辛いソースが特徴的で、油物なのに食べるほど次が欲しくなるという不思議な感覚に陥っていた。鶏肉のようで鶏肉よりも肉肉しい。これは初めて食べる感触だった。
「どうですか?」
「美味いよ。どれだけ金があっても、この料理を食べるために、冒険者を一生続けたくなるくらい」
この料理を作ってもらうためには、やはり食材も良い物を使って欲しい。そうなると、市場で買うのではなくて。俺が自分で取ってきた方が質の良い食材を手に入れることができるだろう。
そう思うと、これから俺が冒険を続ける一つの理由がそこにある気がした。
美味い飯を食べるために冒険者をやる。ロマンも野望もないかもしれないが、一つの理由としてそんな理由があってもいいだろう。
「……ちなみに、胃袋を掴まれるって、どんな感じですか?」
「非常に、悪くない感じだ」
俺がおどけたようにそんなことを言うと、リリも俺と同じように笑っていた。
そんなふうに二人で少しだけ和んでいると、こちらに何やら走ってくる影が見えた。
「あれ? なんかイーナがこっちに来てないか?」
よく見ると、それは先程までステージに立っていたイーナだった。結構本気で走ってきたのか、額には汗が流れている。
「リリちゃん! シェフを呼んでくれって言われたから、早く戻って来て!」
「……私、助手なんですけど」
リリは少し不満そうな顔をしていたが、小さく息を吐いてそっと立ち上がった。
イーナに連れられてステージに向かおうとしているリリの後ろ姿を見て、俺はその後ろ姿にそっと声をかけた。
「リリ」
「はい?」
「かっこよかったぞ」
料理が美味いことは褒めたが、まだリリが注目を浴びながら料理をしたことについては褒められていなかった。
人前でこれだけ美味しい食事を作ったのだから、そのパフォーマンス力についても褒めてあげたい。
そう思って、そんな声をかけていた。
「ありがとうございます、アイクさん」
屈託のない笑みを俺に向けて、リリはステージに向かっていった。その足取りは先程よりも少しだけ軽くなっていたようで、俺はそんな姿を見て口元を緩めていた。
こうして、俺たちは無事に品評会を終えることができた。
そして、『道化師商会』の名は一気に広がることになったのだった。その噂はブルクの街だけに留まらず、商人から商人へと広げられていくのだった。