第六十三話 声なき声
戦闘は終わった。
体力も気力も限界だ。
精神的に疲れたので動きたくない。
カルラも珍しく座り込んでいる。アルバンは、横になって目を閉じている。
確かに、周りには脅威になるような物はない。
クォートとシャープもユニコーンもバイコーンも機能が十全に使えるようになって、確認をしてから移動を開始した。
クォートたちが帰って来るまで休憩する。
さすがに、疲れた。
葬送を終わらせて、やっと終わった感じがしている。
辺りは、先頭の余韻が漂っているが、しばらくしたら消えるだろう。
自然が戦闘を隠して、元の状態に戻すだろう。
無残に奪われた命は、大地を撫でる風が拡散してくれている。
クラーラへの復讐は、俺がやらなければならない。
奴には奴なりの正義があるのかもしれない。
”正義のため”などというつもりはない。俺が行おうとしているのは、俺の我儘だ。傲慢な考えだと思っている。奴が属している組織にも興味が出てしまった。目的が解らない。共和国での”黒い石”の実験を行ったようだが、クラーラは関わっていないと言っていた。組織と言っても、皆が同じ方向を見ていない可能性もある。大きな組織や、トップが絶大なる力を持っている組織では、下が上の顔色を伺いながら別々の方向を向いてしまう。
身体を起こして、足を投げ出して座る。
風が心地よい。
開発だけをして過ごしたいのに・・・。
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いきなり暗くなった?
俺は寝ていたのか?
違う。
記憶が飛んでいる?
何も見えない。
二人の気配がしない。
違う。
二人だけではない。感じていた風も、大地も、何も感じない。
スキルが何も反応しない。
どうなっている?
「カルラ・・・?」
自分の声が聞こえない?
音が吸収されている?
違う。
声が出ていない。
「アルバン!カルラ!」
二人が居ない。
違う。俺が隔離された?
どうやって?
スキルか?
解らない。
解らない。
解らない。
考えろ。
考えろ。
ダメだ。
思考を止めるな。
何故だ。
何があった?
俺は・・・。
「アルノルト様!アルノルト様!」
誰だ!
俺は・・・。
「アルノルト様!」
そうだ。
俺は、アルノルト。アルノルト・フォン・ライムバッハ。
背中・・・。
違う。脇腹が熱い。
刺された?
誰に?
カルラとアルバンは無事なのか?
身体が動かない。
「カ・・・ル・・・ラ?」
大丈夫だ。声が出る。
音も聞こえる。
風も感じる。
「あぁ・・・。アルノルト様。申し訳ございません」
「なにが・・・」
俺は、倒れているのか?
大地を感じる。
カルラは片腕で俺を支えている?
カルラの顔が血で染まっている。カルラの血か?
「アル・・・バン・・・は?」
「・・・。さい・・・しょ・・・に、・・・アル・・・バンが・・・。か・・・ば・・・」
カルラは、何を言っている?
「っ!」
動けよ!
俺の身体!
動け!動け!動け!
「アル!アルバン!」
「にぃぃ・・・。ちゃん。よ・・・かっ・・・た」
「アル!アル!アルゥゥゥゥゥゥ!!!目を瞑るな。アル!アルバン!まっていろ!いま、治して」
「にぃぃ・・・ちゃん。おい・・・ら、にいちゃんを、まもれ・・・た」
「もちろん。アル。だから、だから、だから、アルバン!」
「よ、かっ・・・た。にい・・・ちゃん・・・あ、りが・・・とう。おい・・ら。がん・・・ばった」
「アル!アル!カルラ!アルの近くに、俺を、俺を、いそいで・・・。え?カルラ?」
なんで、カルラまで・・・。
「ア・・・ルノル・・・トさ・・・ま。わた・・・しも、おいと・・・ま、を・・・いただ・・・きたく・・・」
「ダメだ!カルラ!」
なんで、アルバンとカルラを!誰だ!何故だ!
「いえ・・・。もう、わたし・・・は、アル・・・ノル・・・トさまの、おや・・く・・には・・・た・・・てま・・・せん」
「ちがう。カルラ。アルバン。おれには、お前たちが、カルラ!お前が必要だ。ゆるさ、ない」
「さいごに・・・。アルノルトさま。おねがいが」
「カルラ。さいご?ちがう・・・。これからも」
「アルノルトさま。わたしの、ほんとうのなまえ・・・。アーシャと、よんで・・・くだ・・・」
「アーシャ!アーシャ。なんどでも呼んでやる!だから・・・。だから!アーシャャャャャ!!!!」
「あり、が、と、う、ご、ざい、ます。アーシャは、しあ、わせ、もの、です」
「アーシャ。アーシャ!」
「・・・。あるのるとさま。おしたいしておりました、あるのるとさまのほんかいを・・・。おてつだい、できなく、なる、ふしま、つを、おゆ、るし・・・」
なんで、俺は動けない!
動け!動け!動け!
カルラ!アーシャを!アルバンを!
許さない。許さない。
許さない。許さない。
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遠くで、誰かが笑っている。
気持ち悪い笑い方だ。
俺は、寝ていたのか?
そうだ!
「カルラ!アルバン!」
『マスター。ご気分は?』
「エイダ?」
『はい。マスターの生体反応が微弱になったために、ウーレンフートに向かうのをキャンセルしました』
「・・・。カルラとアルバンは?」
『遺体は回収いたしました。私たちが到着した時には、手遅れな状態でした』
「・・・。エイダ。嘘だよな?」
『クォートとシャープが確認をおこないました。カルラ。アルバン。両名の生体反応が停止しているのを確認いたしました』
揺れている所を見ると、馬車か?
「エイダ。どこに向っている?」
『国境です。捕えた者は、処分しますか?』
俺は、こんなに冷静に考えている。
頭の中は、冷めきっている。
心がざわついている。
「そもそも、何があった?カルラとアルバンは、誰にやられた?」
少しだけだけど、身体が動くようになっている。
「エイダ!」
『現在、調査を行っております』
「調査?何か残されていたのか?」
『暗殺に使われたと思われるナイフが残されておりました。カルラが始末したと思われる遺体が多数。辛うじて生体反応が残されていた者が5名。手足の腱を切られた状態で放置されていました』
「ナイフ?」
『はい。詳細な調査を行っております。簡易検査の結果をお伝えしますか?』
「あぁ」
エイダの報告を聞いている。
心がざわついて気持ちが悪い。頭だけがどんどん冷めていき・・・。そして、遠い世界からの言葉を聞いている気分になってくる。
俺は、慢心していたのか?俺の油断で、カルラとアルバンを失ったのか?
油断はしていなかった。
ナイフには、”黒い石”と同じ成分が使われていた。
問題は、ナイフに塗られていた毒だ。
これが、利用者をも蝕んでいた。
俺が刺された、黒い石を細かく砕いた物が塗られていた。どんな作用があるのか解っていないが、人を死に至らしめる毒になっているのだろう。
簡易的な検査によると、黒い粉は、人の憎悪を増幅する作用があるらしい。
俺は、刺されて、黒い粉が身体の中に入った。それで、”殺したい程”に憎んだのか?
今は、その反動でざわついているけど、頭が冷えて、どこか他人事のように感じているのか?
エイダの報告では、俺が助かったのは、偶然の産物らしい。
カルラとアルバンは、持っていたポーションやワクチンを俺に使用した。自分たちにも使用すれば・・・。違うな。俺が刺された事で、俺を助けようと動いてくれた。順番は解らないが、俺が刺された。致命傷にはならなかった。次の攻撃をアルバンが防いだ。アルバンが、傷をおいながら俺を助けている間に、カルラが敵を殲滅した。
解らないが、カルラとアルバンなら・・・。
何が作用したのかわからないが、俺は助かった?
でも、俺を助けるために、カルラとアルバンは・・・。絶対に、仇は取る。
『マスター。一部の記憶ですが、捕えた者たちからの抜き取りが成功しました』
「クォートを呼んでくれ」
『はい』
「生き残った奴らを尋問する」
『わかりました』