第35話 王都ミノラルを発つ
「バングさん、昨日お願いした解体終わってますか?」
「おう、アイク。もちろん終わってるぞ」
翌朝。俺がバングの所に解体した魔物の肉を取りに行くと、カウンターに肘を乗せていたバンクは俺に手招きをした。
昨日のイーナとの交渉が上手く言って満足しているのか、バンクは機嫌よさげに笑みを浮かべていた。
そして、カウンターの上に大量の魔物肉とリミル金貨を10枚置いて言葉を続けた。
「キングディアの買い取りと、解体量を差し引いて10万ダウな。あと、これが解体した分の魔物肉だ」
「10万?! そんなに貰っちゃっていいんですか?!」
ワイドディアが一体1万ダウだと計算しても10体分の価値ということになる。昨日に引き続き大金を前にして、俺は声を出して驚いてしまっていた。
「そりゃあ、キングディアだからな。ワイドディアとは肉の質も量も違う。それで、角は武器に加工できる。それが新鮮な状態なんだから、そのくらいの値段は付くんだよ」
バンクは驚いた俺に少し呆れるような笑みを浮かべながら、そんなことを言っていた。
ギース達のパーティにいたときも魔物を倒しても全身を持って帰ることなんてしなかった。単純に魔物が腐ってしまうので、腐らない部分しか持って帰ってこなかったのだ。
というか、ほとんどのパーティがそうしているだろう。こんなお金の儲け方をしているのは、時間停止機能を付きのアイテムボックスを持っている俺くらいのはずだ。
「安心しろ。いつかもっと値段を上げて買い取ってやるからよ」
笑顔を向けてそんなことを言ってきたバンクは、どこか自信の表情をしていた。
俺はその笑顔に見送られて、解体してもらった肉と買い取り分の代金を貰って、ギルド裏の倉庫を後にした。
そして、ルードさんの武器屋に寄って馬車のチケットを貰った後、俺たちは馬車乗り場に向かっていた。
馬車乗り場は冒険者ギルドから少し離れたところにあり、王都ミノラルの商業の街の方にある。
そちら側にある理由は単純で、冒険者よりも商人の方が馬車を使う機会が多いからだ。
馬車乗り場の方に行くと、俺たちのような冒険者よりもしっかりとした身なりの商人の方が多くいた。
いや、俺たちも短剣を持っていること以外は冒険者らしい恰好はしてないのか。
互いにごつい装備はせずに動きやすさ重視の服装。攻撃力よりも素早さが勝っている俺たちにはこちらの方が戦闘しやすいのだが、どちらかというと商人よりの服装かもしれない。
そんなことを考えながら歩いていくと、すぐに目的に場所にたどり着いた。
「あ、ここか」
チケットに記載されている乗り場に向かうと、そこには小型の馬車があった。
相乗りにしては少し小さいなと思っていると、俺たちに気づいた御者のおじさんがこちらに近づいてきた。
「おはようございます。チケットを確認させていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい。これです」
俺とリリのチケットを確認して、御者のおじさんは小さく頷いた後に笑みを浮かべて言葉を続けた。
「アイクさんとリリさんですね。お待ちしておりました。どうぞ、お乗りください」
「はい、ありがとうございます」
御者のおじさんに誘導されて馬車に乗り込むと、そこにはクッションのような物が二つ置かれていた。
それも中央に並べておいてある。
「まぁ、早く来た者の特権っていうことで、このクッションは使わせてもらうか」
「そうですね。せっかくですし」
長時間馬車に乗るとお尻や腰が痛くなったりする。
せっかく御者の配慮で置いてくれているのなら、ありがたく使わせてもらうことにしよう。
後から来た者に羨ましがられる気もするが、半日も馬車に乗るとなると周りにばかり気にして張られないので、そのクッションを使わせてもらうことにした。
そのクッションに腰を下ろすと、見た目以上にふかふかとしている感覚に包まれた。このクッションに包まれた状態なら、半日くらい揺らされていても問題なさそうだ。
そんなふうに少し安心していると、御者が馬車の扉を閉めてしてこちらに笑顔を向けた。
「それでは、出発いたしますね」
「え? 他のお客さんは?」
「何をおっしゃいますか。この馬車に乗るのはお客様お二人だけですよ」
「え?」
そこまで言われて、これが貸し切りの馬車であったことに気がついた。
相乗りではない馬車というのは、当然値段だって高い。
つまり、俺たちは半日馬車を貸切る以上の働きを期待されているということになる。
……もしかして、安く請け負い過ぎてしまっただろうか?
そんなことを本気で考えてしまう俺をそのままに、馬車はガルドの鍛冶場に向かって走り出した。