第31話 交渉をする上での駆け引き
「面白い物?」
「ああ、アイク。見せてやってくれ」
「分かりました」
俺はにやりとした笑みを浮かべているバングの前に立って、昨日討伐をしですぐにアイテムボックスにしまっておいたブラックポークを一体その場に出して置いた。
「面白い物って、アイテムボックスのこと?」
「違うぞ、イーナ。よく見てみろ。って言っても、分かんねーかな。アイク、解体後の方も見せてやってくれ」
「はい、昨日解体した物がこれです」
俺はバングに言われて、昨日バングに解体をして貰ったブラックポークの魔物肉の塊をアイテムボックスから取り出した。
「随分新鮮な状態の肉ね……ん? これ新鮮過ぎない?」
イーナは俺の手の上に置いてある肉を食い入るように見た後、そんな言葉を漏らした。そして、しばらく地面に置かれたブラックポークを見た後、また視線を魔物肉の方に視線戻して言葉を続けた。
「……昨日?」
「はい。こっちのブラックポークも昨日討伐した物です」
「え。これも昨日なの? いえ、そんなはずがないわ! 魔物を倒して、一日放置してこの状態? え、どういうこと?」
どうやら、イーナは今日討伐されて今さっき解体したばかりの魔物肉だと思っていたようで、俺の言葉の意味が分からないといった様子で困惑していた。
説明してやれと得意げな表情をしているバングに促されて、俺は言葉を続けた。
「俺のアイテムボックスって、時間停止機能がついてるんですよ。だから、魔物を討伐した状態でアイテムボックスに入れちゃえば、新鮮な状態の魔物をそのまま街まで持ってこれるんです」
「時間停止機能?! なにそれ、は、初めて聞いたんだけど」
「この状態のファングの肉、このギルドでは1万ダウで買い取ってんだよ」
驚くイーナの反応を見て、バングは畳みかけるように言葉を繋いだ。
「1万ダウね……ちなみに、何グラムで?」
「いや、一体で」
「い、一体で1万ダウ?! な、何考えてんの?!」
イーナはその金額に驚いたのか、目を見開いてぐいっと顔を近づけてきた。1万ダウの値段を付けているのは俺ではないわけだから、そんなに迫られても困ってしまう。
何よりも、可愛い顔に迫られると戸惑ってしまう。
「そ、そんなに破格ですか?」
「当たり前でしょ! これだけ上質な魔物肉が市場に並ぶことが異常よ!」
以前にバングにも驚かれたが、その価値を知る人が見るとどうやら結構な価値があるものらしい。
この反応を見るに、もしかしたら、今の数倍の値段で買い取ってくれる未来もあるのかもしれない。
「そこでだ、イーナ。お前が協力してくれるって言うなら、この肉をお前の所に卸してもいいって話だ」
「協力?」
「ああ。アイクは冒険者だから色んな所に行く。その時に狩った魔物を俺の方に流してもらって、すぐに解体をする。その解体後の販売ルートはイーナが確保して欲しい」
「……それって、討伐後に毎回アイクくんにバングさんの所に寄ってもらうってこと?」
「いや、俺が出向いてもいいし、近くにいる知り合いに向かってもらうのもありだと思ってる。俺の顔が広いのは知ってるだろ? イーナは解体後の販売ルートを確保すればいい。そうすれば、この鮮度の肉を扱えるんだぞ」
「なるほどね。……せっかく手に入るならブランド化したいわね。……それに、そのルートができれば商人ギルドの手足がじゃなくて、もっと自由に商売をすることができるかも」
イーナはしばらくぶつぶつと呟いて頭の中を整理していた。そして、しばらく経ってもその考えがまとまらなかったのか、一度考えることをやめて顔を上げた。
「ねぇ、少し時間を貰える? ちゃんと考えを整理してから、その話に返事をしたいんだけど」
「即答って訳にはいかないってことか。どうするよ、アイク」
「あっ、俺少しの間王都を離れることになるので、次いつ会えるかちょっと分からないかもしれません」
さすがに、短剣を買えるだけ稼いだからやっぱり依頼は受けませんという訳にもかないだろう。
依頼がどのくらいの量なのか分からないし、いつまでに戻ってくるか分からない。ここで適当なことを言うのも失礼だしな。
あと、いい加減重いし肉をアイテムボックスにしまおう。
そんな考えのもとそんなことを言ったのだが、俺の返答を聞いてイーナは慌てたような表情をしていた。
「え?! な、なんで?! まさか、即決しないと他の商人の所にーー」
「ほぅ」
俺がちょうど良いタイミングで肉をしまったことから、イーナにはその肉を渡さないと勘違いでもしたのだろう。
即決しないのなら、他の商人に卸すからいいです。と言うのを遠回しに言っているように捉えたのかもしれない。
そんな俺の反応を見てバングは関心をしたように息を吐くと、そのまま俺の流れに乗ってきた。
「時間を置いたら、今度アイクに会うのはいつになるか分からないよな。当然、その間にアイクが他の商人に肉を売っても仕方がないよな? これだけの新鮮な肉だ。買い手はいくらでもいるしーー」
「協力する! 協力するから、他の所に流したりしないで! お願い、アイクくん!」
「え?」
どういう訳か、一度寝かせるはずだった交渉が即決してしまったようだった。そして、交渉が決まってから、二人は俺を置いて専門的な会話をし始めている。
まぁ、専門的なことは俺には分からないからいいんだけどな。
そんなことを考えていると、やがて二人の間で考えがまとまったらしかった。イーナは笑みを浮かべながら俺の方に近づいてくると、何かが書かれている紙を一枚こちらに差し出してきた。
「私、普段ここを拠点にして活動してるから、近くに寄ることがあったら顔を出して欲しいな。あと、私もアイク君がどこにいるのか知りたいから、バングさんに手紙を出すときに一緒に私にも送ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「あ、ああ。そういうことなら喜んでーー」
俺が差し出された紙を受け取ろうとすると、俺の隣から手が伸びてきて、俺の代わりにその紙を受け取った。
「そういうことは、私がお受けいたします」
リリは冷静を装ったような態度で差し出された紙を受け取ったあと、こちらにジトっとした目を向けてきた。
……いや、そんな目で見られましても。
突然割って入ってきたリリを見て目をぱちくりとさせていたイーナは、こてんと首を
傾けながら俺の方にちらりと視線を向けてきた。
「えっと、こちらの方は?」
「アイクさんの助手のリリと言います」
胸を張ってそんなことを自慢げに言うリリを見て、イーナは不思議そうな顔をそのままに言葉を続けた。
「……なんのかしら?」
当然、そんな反応にもなるよな。
リリとイーナのやり取りを見て、バングはどこかで見たことがあると思ったのか笑いを隠せずにいた。
そんな三人の反応を見て、俺は小さなため息と共に口元を緩めるのだった。