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 長年稼働しているアンドロイドとなると、いくらメンテナンスを重ねていても、経年劣化、所謂アンドロイドにとっての“老化”には勝てないところが出てくる。
 より人間に寄せて設定されているからか、その“老化”はさながら人間のそれにも似たような症状が出てくるようだ。
 例えば、運動機能がじわじわと低下してくる――シッターロイドならかけっこのスピードが落ちる、とか、物を持ち上げる力が低下する、とか――とか、記憶力機能の低下とか、まるで人のようなのだ。
 ただ人間と違うのは、“彼ら”は外見の姿が老いない。そのため、経年劣化による“老い”は、マスター達にとって大きな違和感と映ることが多く、故障と勘違いされてしまいがちだ。

「リクぅ! 早くはやく!」
『はいはい、ちょっと待ってよ……』
「リク、遅いよぉ、パンダのコーナー混んできちゃうよ!」

 小学校に上がった昴と、リクは久しぶりに一緒に郊外の動物園に来ていた。
 先々月生まれて最近お披露目となった子パンダを見るのがお目当てだった。それでなくても園内は休日とあってかなりの人出でとても混みあっていた。
 久々のリクとふたりきりでの外出とあって昴は朝からはしゃぎっぱなしで、人混みの中に突っ込んで行かんばかりに飛び跳ねるように駆けていく。
 シッターロイドと遊ぶのは赤ちゃんなのかも……と言ったりした時期もあったが、いまはリクを“兄”として見ているのか、特に拒絶する態度は取っていない。
 そんなリクは、そのちいさな背中を追うのも必死な上に時折立ち止まったりするものだから、昴に呆れられていた。

「んもぅ、リク、早くってばぁ」
『ごめん、ごめん……おっかしいなぁ、こんなに走るの億劫じゃなかったのにな……』

 ようやくたどり着いたパンダコーナーの列に並びながらリクが苦笑すると、「またパパに頼んでメンテに出してもらう?」と、昴がキッズ用のスマホを取り出しながら声をかけてくる。「リク、何気に実はおじいちゃんだもんね」なんて言葉も付け加えながら。
 小学校に入学してから一層語彙力が増えて言い回しが巧みになってきたせいか、最近随分と昴は生意気がことを言うようになってきた。
 それも成長と冷静に思えるのは、リクがシッターロイドだからこそだろうが、それでもこれまで学習してきた感情の癪に障ることもなくはない。
 リクが肩眉をあげてちらりともの言いたげに見下ろすように昴の方を見たが、見られた方はどこ吹く風といった様子で、目の前に迫って来たお目当ての子パンダにスマホのカメラを向けている。

『……っとにもう、ついこの前までこんな風にかわいい赤ちゃんだったのになぁ……』

 ガラス越しに見えるふわふわの毛玉の様な子パンダの姿を眺めながらリクが苦笑しながら呟くと、昴は、「そういうとこが、おじいちゃんなんだよ」と、すました顔で言う。
 今までであれば、そう言われても聞き流すか、更なる嫌味で応戦したかもしれない。今までのマスター達であれば。
 だけど、リクは何故か眩しそうに微笑んで、生意気な口を聞いていたキャップを被った昴の頭を撫でる。

『ホント、いつの間に、こんーな生意気になっちゃって……』
「……うるさいなぁ」

 昴は撫でられながら軽くムッとした表情をしたが、やがてリクの掌の下でくすくす笑った。そしてリクの掌の感触を味わうように撫でられ続けていた。
 撫でられている昴の姿を見ながら、リクは、また胸が軋むような音を聞く。
 しかしその音は不気味な音色ではなく、まるで今ある景色を記憶機能の奥深くに刻み込むような切実な音だった。
 この景色ごと、すべてを憶えておきたいと切に願うように、祈りながらカメラのシャッターボタンを押すように。
 爽やかに晴れ渡った青空の下で、リクと昴は本物の兄弟のように……いや、もっと絆の深いふたりのように手を繋いで並んで歩いていた。

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